第2話 友里子への陰口

「おい」

 気が付くと後ろに佐伯が立っていた。佐伯警部補は40代で瞳の教育係のような存在だった。ぶっきらぼうで面倒くさがりではあったが、必要なことはちゃんと教えてくれている。確か、中学生になる娘さんがいて、最近口を利いてくれないとこぼしていた。


「ちょっとこい」

「はい」

 瞳は緊張した面持ちで佐伯の後を追った。会議室の外に出る。

「何かわかったか?」

「はい、あっ、いいえあの・・・ホストを知っているような、知らないような・・・」

「何だそれ。」

「すみません。はっきりしないらしくって・・・」

「そうだろうな。それはまあいいから、これから一人一人事情聴取だ」

「やはり、三人が怪しいと・・・」

「それはまだ分からない。お前の印象は?」

「三人共動揺はしているようですが、どうも誰も悲しんではいないようなのですよね」

「俺もそれは感じている。家政婦はハッキリとは言わないが、殺されたかもしれないと言っている」

「えっ、そうなのですね」

「三人は彼女の死をどう言っていた?」

「あの・・・まだ、三人からは聞き出せてはいません」

「まあいい、これからだ」

 瞳は肝心な話を聞くことができなかったことに自分の未熟さを思い知らされた。


 佐伯が会議室に入る。瞳も佐伯の後を追った。佐伯が友里子を促し、別室へと連れて行く。瞳は会議室を出ると見せかけ、入り口近くのパーティションの陰に身を潜めた。佐伯にそうするよう言われていたのであった。


 しばらくは沈黙が続いていた。このまま二人は何も話さないのではないかと内心冷や冷やしていた。それだと瞳の存在意味がなくなる。五分経過したあたりで、黙っていられなくなった誠子が冬美に声をかけた。

「友里子が殺したのだと思うわ」

 唐突過ぎる発言に瞳は思わず声を出しそうになってしまったが、グッと堪えた。

「えっ、ちょっと待ってよ、誠子。そんな・・・友だちじゃない」

「何が友だちよ」

「だって、明日香と友里子は会ってこそいなかったけれども、ずっと年賀状のやり取りや暑中見舞いを出し合っていたのよ。友里子は仕事で成功している明日香が誇りだって言っていたもの」

「そんなの嘘っぱちよ」

「嘘っぱちって・・・」

「そうよ。友里子はこれっぽっちだって明日香を誇りだなんて思っていないわよ」

「そんなあ・・・」

「明日香は家庭に入って仕事もせずに子ども中心の友里子のことを蔑んでいたしね」

「えええ、友里子はちゃんと子育てしていて偉いって、明日香は私に言ったわよ」

「蔑まれていることを友里子はちゃんと知っていたし」

「嘘よ。なんで?」

 冬美は混乱しているようだった。誠子は話しているうちに興奮してきたのか、声がドンドン大きくなっていた。

「友里子が毎年送ってくる年賀状は、冬美だって鬱陶しいと思っていたでしょう?写真館で撮った家族写真だったり、海外旅行での家族写真だったり、子どもは陸上で活躍しています、だとか、私は趣味のアートフラワーで展示会に出品しましたとか、友里子の年賀状を見ると私はいつもムカムカしていたのよ。それは明日香も同じだった。友里子が一番上の子を出産した時、明日香は流産したばかりだったの。不倫だったから誰にも言えなくて、不倫相手は流産をむしろ喜んで、明日香はどん底だったのよ。それなのに赤ちゃんが産まれました、って家族三人の写真を送りつけられて、どんな思いだったか・・・」

 誠子は吐き捨てるように言った。

「私は何も知らなくて・・・」

「冬美のことだって、友里子は馬鹿にしていたのよ」

「えっ・・・」

「優等生で真面目で一緒にいても面白くはないって。子どもを作らないことにだって、専門家の癖に馬鹿じゃないのって・・・」

「どうしてそんなことを・・・うちの夫は子どもができない体質だから・・・」

「そうなの?どうしてそれを言わなかったのよ」

「だって、他人に言うことじゃないって思っていたから」

「看護師として出世したいから子どもは作らないのだろう、とか、老後のお金の心配があるから子どもはいらないのだろうって、いつも言っていたわよ」

「・・・」

 冬美は茫然自失状態のようだった。瞳にもその気持ちはよくわかる。自分が陰でそう言われたらと思うとゾッとしてくる。

「友里子は冬美を利用していただけなのよ。看護師だから色々と身体の相談に乗ってくれるし、病院に行くときには便利だからってね。まあ、明日香だって冬美を利用していたでしょう」

「えっ・・・」

「とにかく友里子はしっかり者で面倒見がいいけれども、心はどす黒いのよ。私のことだって色々と言っていただろうし。旦那とだって上手くいっていないのにそれを隠して、しかも不倫しているのよ」

「えっ、友里子が不倫?」

「そうよ、それを明日香が見たのよ。だから昨夜は集まったのよ」

「そうだったの?じゃあ、あのホームパーティーは・・・」

「昔を懐かしむなんてことじゃないのよ。私が思うに友里子を脅してお金を巻き上げようとでも計画していたのよ。だって明日香の会社はもう倒産寸前なのだから」

「そんな・・・」

 瞳は自分の心臓が音を出してはいないか気が気ではなかった。それにしても女友だちの本音というか裏の顔を見てしまい、いやもとい、聞いてしまい、絶望感で胸が張り裂けそうになるのだった。

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