それぞれの殺意

たかしま りえ

第1話 不審死

 都心から少し離れた場所に立つその洋館は、周囲に溶け込んではいなかった。どこか時代遅れで、それでいて自己主張が強く、まるで自己顕示欲の強い売れなくなった元アイドルのような印象を受けたのだった。刑事になってまだ間のない瞳は、不審死だと報告を受け、恐る恐るこの洋館に臨場していた。


 瞳が今現在把握している事件のあらましはこうだ。

 亡くなっていたのは明日香という四十八歳の女性だった。職業は投資会社の経営者で独身。この少し古いがゴージャスな洋館に一人暮らしをしていたという。

 昨夜は高校の時の同級生三人がこの家に招かれ、ホームパーティーをしていた。家政婦がその準備をし、午後七時頃から開始されている。通いの家政婦は午後九時にはこの家を出ていた。午後十時半になると明日香が電話で呼んでいたらしいホストがホームパーティーに加わっていた。同級生の三人は昨夜この家に泊まっている。

 家政婦はホームパーティーの後片付けのために午前七時に再訪している。その際、家から車で出て行くホストを目撃したと言っているらしい。リビングでは同級生が片づけを開始していて、家政婦はキッチンの掃除を始める。午前九時半を過ぎたころ、明日香を呼びに家政婦が寝室のドアを開けると、ベッドの上で息をしていない明日香を発見し、悲鳴を上げる。その悲鳴を聞きつけ、同級生たちが明日香の寝室に入る。同級生の一人が救急車を呼んでいた。


 瞳はこの事件は動機が鍵になるのではないかと、勝手に推測していた。そういった思い込みは事件の解決を遠のかせると、先輩刑事には言われそうだが。そもそも事件かどうかもまだ分かってはいないのに、瞳は勝手に殺人事件だと決めつけていた。

 瞳は今年で三十一歳になる。二年前に巡査部長に昇任していた。大学では心理学を勉強していて、犯罪者の心理に興味を覚え、警察官になったのだった。刑事部門に配属をされ、念願の強行犯担当として張り切ってはいるのであるが、事件が起きれば昼夜なく呼び出されるし、被疑者を追いかけて全速力で走らないといけないこともあるし、何より凄惨な現場にはまだ慣れることができないでいた。それに警察官はあまり目立ってはいけないので、派手な化粧やアクセサリーを身に着けることができない上に、個性的な服装はご法度だった。昔の刑事ドラマに憧れていた瞳にとっては、地味な黒のパンツスーツは最もしたくないファッションの一つであった。その黒のパンツスーツの膝がやけに黒光りしている。それをさっき発見し、心はますますドンヨリしてくるのであった。


「お前はリビングにいる友人たちを署に連れて行ってくれ」

 先輩刑事の佐伯に命令され、瞳は一階にあるリビングに向かった。

 豪華な家具や調度品が目を引くも、どこかちぐはぐな印象を受けた。ロココ調というのだろうか、貴族が使っていたのではないかと思わせる豪華な家具に、女性が三人座っていた。


 瞳は警察署の無機質な会議室に三人を案内した。あまりにも先ほどまでいたラグジュアリーな空間とのギャップに三人は面食らっているようだった。一人一人の事情聴取は別の刑事が担当することになり、まずは雑談でもしていろと指示を受けた。

「お話を伺ってもよろしいでしょいうか?」

 瞳は警察官だと名乗り三人に話しかけた。瞳の顔を真っ直ぐに見つめて頷いた女性に視線を合わせた。友里子と名乗ったその女性はどこにでもいる平凡な主婦といった印象だった。案の定、専業主婦だった。

「私たちは高校の時の同級生で、昨晩は四人で集まって明日香の家で飲んでいました」

「いつもそうやって集まっていたのですか?」

「いいえ、私は初めてでした。そもそも明日香とは三十年ぶりの再会で」

 友里子はどこか明日香に対して余所余所しい態度を示していた。

「そちらの方は?」

 瞳は地味な印象の痩せた女性に話しを振った。冬美という名で看護師をしているという。

「はい、何度か」

「あなたは?」

「私も数回は・・・」

 そう答えた女性の名は誠子といい、亡くなった明日香にどこか雰囲気が似ていた。派手な化粧にブランド品と思われる服装、二人は張り合っていたのではないかと、瞳は感じた。

「それでは、事件発覚の経緯をお話しいただけますか?」

「はい」

 友里子が率先して答えてくれるようだった。このグループではリーダーなのか。

「朝なかなか起きてこない明日香を家政婦さんが声をかけに行って・・・それから私たちが駆け付けました」

 家政婦の女性は六十代で、今は別室で事情聴取を受けているはずだった。

「家政婦さんの声であなたたちは二階の寝室に行ったのですね」

「はい」

「三人で?」

「いいえ・・・あの・・・私はまだ客間のベッドで寝ていて・・・」

 冬美が言った。

「お二人は明日香さんの寝室に入られたのですね」

「はい」

「そこでどなたが救急車を呼んだのですか?」

「私です」

 冷静な声で友里子が言った。誠子は俯いたままだった。

「ところで昨夜は四人でどうして集まることになったのですか?」

 瞳は素朴な疑問を口にしていた。

「私はスーパーでばったり明日香と再会しました。それでみんなで久しぶりに集まろうということになりました」

 瞳は友里子から話を聞きながらも他の二人の顔を観察していた。誠子は友里子の言葉に意外そうな顔をしていた。一方の冬美は無表情だった。

「冬美さんも明日香さんに誘われたのですね」

「ええ、私は・・・」

 冬美は何かここでは言えない理由をかかえているように見えた。

「私は明日香の会社で投資をしていたので定期的に明日香に会っていました」

 冬美の言葉を遮って、誠子が話を始めた。

「投資?」

「ええ、でも・・・」

 何か言いたそうな誠子だったが、その後は口を開かなかった。

「他にいた人は?」

 瞳は詳しい話はそれぞれから聞くことにして、話題を変えた。

「ええと、明日香の馴染のホストがいたわね」

「その人がいつ帰られたかご存知ですか?」

「いいえ、わかりません。私たちは夜中の一時になると客間へ行って休んでしまったから」

「そうね、私たちが二階に上がる時、まだそのホストの子は明日香と飲んでいたわね」

「その男性とは面識はありましたか?」

「私は勿論、初めての方でした」

 友里子が『勿論』という言葉を強調して言った。

「私もホストの方とは昨夜初めて会いました」

 冬美は今度ばかりは積極的に答えてくれた。

「私はあのホストとは会ったことがあるような・・・」

 誠子は自信がなさそうに言った。

「そう言えば、あの時もそう言っていたわね」

 友里子の言葉に誠子は少しだけ自信を復活させていた。

「そうなのよ。色付きの眼鏡に長い髪で顔がよくわからなかったのだけれど、どこかで会ったような気がしてね。でも、彼は否定していたから私の気のせいかもしれないけれど」

「もっと詳しく特徴など教えてください。」

 瞳は前のめりになって、そのホストのことを詳しく聞き出そうとしたのであったが、誠子も曖昧な供述しかしてはくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る