第5話
「どうです? 生き返ってみる気になりました?」
マイナスからゼロになったような気分だった。
「そんなに君が言うなら、そうしても良いかもしれない」
「それじゃ駄目です。本当にいいんですか? 生き返っちゃって。成功するって言ってもこれからまだ下積みはありますよ」
「急になんでそんなこと言うんだよ。これまで力づくでも俺を生き返らせようとしてたのに」
「あなたが決めなきゃ意味がないんです。あなたが選ばなきゃ意味がないんです」
「生き返りたい。責任を持って人生を全うしたい。これで良いか?」
「駄目です。本当に思ってください」
「思って、って言われてもどうすれば良いんだ」
「じゃあ、何か弾いてみてくださいよ。そのギターで」
彼女は俺の背負うギターケースを指さした。俺はケースを下ろしチャックを開け、ギターを取り出してギターストラップを首にかけた。左手でギターの弦を押さえる。Cのコードだった。
その一連の動作は身体に染み付いていた。
「じゃあ弾く」
俺はピックで弦を鳴らした。曲はいつも路上ライブに来てくれるあの子が気に入ってくれているものだ。
最初は声が乗らなかった。急に歌えと言われて上手くできるほど器用ではない。それに曲が曲だった。この曲はバンドの最後の一人に別れを告げられ、一人で音楽をやっていこうと決意した時に書いたものだ。勢いで書いたので自分で恥ずかしくなるような歌詞もあった。
それでも歌っていくうちに、心がこもっていった。歌に心がついてきた、とでも言おうか。その頃には、この曲こそ自分なのかもしれない、という気持ちになっていた。自分の歌の存在に今気づいたかのような不思議な感覚だった。音楽には魔法がある。消えかけていた言葉をすくい上げてくれる。
ストロークが強くなって弦がずれた。変な音が出る。それでも俺は歌い続けた。好きだ、と思った。俺は好きなんだ。音楽が。
最後のフレーズは声が掠れてしまった。最後のCコードを鳴らす。その余韻をずっと聞いていた。
「生き返りたい。また音楽がしたい」
心からの言葉だった。ここでやっと自分が涙を流していることに気がついた。
ケースにしまおうと、ギターを縦にした時、自分の手を見て驚いた。透けていたのだ。
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