第2話

「山岸春樹さんですね」


白い空間に俺は立っていた。まだ警笛の音が耳に残っていた。目の前にはお腹あたりの高さの真っ白な立方体があった。立方体の上にはパソコンがあった。机代わりなのかもしれない。


それを挟むようにして向かい側に女の人が立っていた。歳は俺と同じくらいだろうか。しかしはっきりしない。彼女は見れば見るほどぼやけていくようだった。


「はい、そうですけど」


「端的に言います。あなたは今、死にそうな状態です。ここにきた人には二つの選択肢があります。自分の人生を誰かに売るか、それとも今から生き返るか」


彼女の話す内容は何とも信じがたいものだったと思う。しかし真っ白の空間にいるぼんやりした彼女の話には妙な現実感があった。


「人生を売るってどう言うことだ?」


「ここであなたは生き返ることを諦めて、他の魂さんにあなたのこれからの人生を任せることができると言うことです。もちろん、その魂さんはあなたの人生に見合った『お金』をくれます。この『お金』はここでしか通用しないものですが、大金を持っていれば来世に良い人生を買うことができます。ほら、大きな事故の後に、人が変わったみたいになる人っているじゃないですか? あれって大体、中の魂が変わってるんですよ。もとの魂が他の魂さんに人生を売ってるんですよ。ちなみに、あなたの人生はとても大金で売れます。ここだけの話ですが、あなたは死ななければ、十年後に武道館でライブしているんですよ? 何でそんな人が死のうとしちゃうかな。今回、まだ助かる希望はありましたが、死んでいたら本当にあなたもったいないことしてましたからね」


彼女は表情豊かに喋った。彼女の最後の言葉が引っかかった。俺は疲れていた。


「武道館ライブ? 誰の話だ。才能がないんだ俺には」


「あなたの未来の話ですよ。人生に値段をつけるために、あなたの未来を見ました。あなた才能あるんですから。本当に。あんまり未来の話はしちゃいけない決まりですが、もう言ってしまいましたから同じことです。あなたはずっと路上ライブを続けてついにスカウトされるんです。そしてそのまま努力を続けて武道館にたどり着くんです」


彼女は一息に言い切った。真っ直ぐな声だった。しかし、俺の中では卑屈な言葉が響いていた。


「でもここまでやってきて誰も俺を評価しない。これが一番の証拠だ。俺には才能がないんだ」

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