【第一部】第一章 再会


 その夜。

握り飯を持って、納屋へ行くと、そこには、もう影龍の姿はなかった。


「あの足で、どこへ行ったのだ?」


フゥーッと、息をついた疾風は、後ろから肩を叩かれ、ビクリと、身を震わせた。

そこには、光龍が立っており、首を傾げ、疾風を見ていた。


「どうしたのだ?このような所で…。」


光龍を言葉に、疾風は、ハハハと笑う。


「いやぁー、今宵は、月が綺麗だなぁーと思って。月見だよ、月見。」


そう言った疾風の手を見て、光龍は、クスッと、笑った。


「月見は、団子だと思っていたが…お前の場合は、握り飯か?」


それを聞いた疾風は、慌てて握り飯を後ろに隠し、苦笑した。


「そうなのだ。俺は、団子よりも、握り飯が好きなのだ。」


クスクスと笑い、光龍は、夜空を見上げる。


「今宵は、月など出ておらぬ。…嘘が下手だな、お前は。」


「………。」


疾風は、口を閉ざし、うつ向いた。

光龍は、ポンと、疾風の肩を叩くと、優しく微笑む。


「私に、隠し事はよせ。」


「…すまぬ。…しかし、聞かぬ方が良いかも知れぬぞ。」


「えっ?」


眉を上げ、見つめる光龍。

問い詰めるような、光龍の瞳に、疾風は、軽く息をつく。


「実は…。影龍が怪我をして…。」


「影龍が……!?」


光龍は、声を上げ、辺りを探した。


「もう、どこかへ行ってしまったらしい。」


疾風が言うと、光龍は、悲しげな顔をして、うつ向いた。

疾風は、光龍の、このような姿を見たくなかった。


「いつか、きっと会えるさ。」


「疾風…。」


疾風の優しい言葉に、光龍は、微笑み頷いた。

暗い闇の中、二人は、肩を寄せ合い、しばらくの間、夜空を見上げていた。




 翌日。

里では、夏祭りが行われていた。

気晴らしに、疾風と光龍は、祭りのあっている神社へと来ていた。

神社では、出店や祭り囃子で賑わっている。

金魚すくいや小物を売っている店を見ていると、後ろの方で、騒ぎ声が聞こえてきた。

見ると、一人の少女が男に、嫌がらせを受けていた。

光龍は、そちらへ駆けて行き、少女の手を掴んでいる男の腕を後ろにねじ上げた。

男は、声を上げ、しゃがみこむ。


「何をしやがる!!」


怒鳴る男を冷めた瞳で見つめると、光龍は、静かに言った。


「人前で、恥をかきたくなかったら、とっとと失せな。」


「この野郎!!」


男は、光龍から離れると、胸元から、ドスを取り出し向かってきた。

素早く、それをかわすと、光龍は、男の手首を強く叩く。

男は、ドスを手から落とし、ヨロヨロと、地面にひざまづいた。

地面に落ちたドスを足で踏みつけ、光龍は、男を見下ろす。


「ちきしょう!覚えてやがれ!!」


捨て台詞を吐き、男は、駆けて行く。その男に向かって、疾風は、声をかける。


「忘れ物だぞ。」


ドスを拾い、男に向かって投げる。ドスは、男の足元に刺さり、男は、慌てて逃げて行った。

光龍と疾風は、クスクスと笑い、男の逃げて行く姿を見つめた。

そして、少女の方を向くと、優しく笑みを浮かべる。


「怪我はないか?」


声を掛けられ、少女は、頬を染め、うつむき加減に見つめた。


「危ないところをありがとうございました。」


牡丹の花の着物を着た少女は、とても美しく、光龍は、ドキッとなる。


「助けて頂いた上に、このようなこと、申し上げにくいのですが…。私、母を探して、旅をしているのです。でも…西も東も分からなくて…。どこか、泊まれる宿を御存知ないでしょうか?」


少女の話を聞き、光龍は、腕を組み、考えた。


「宜しければ、私の所へ来られませぬか?」


「…でも…御迷惑では?」


「いや…。男ばかりの所ですが…。貴女さえ、よろしければ。」


「ありがとうございます。御言葉に甘えさせて頂きます。」


丁寧に礼を言うと、少女は、微笑んだ。

光龍は、その微笑みに、今までにない、熱い思いを感じていた。


 少女の名は、美雪といって、彼女は、幼い頃に別れた母親を探して、ずっと一人で、旅をしていたと言う。

話を聞きながら、光龍は、美雪が哀れで、目頭を押さえた。


「光龍様は、お優しいのですね。」


美雪の言葉に、光龍は、首を横に振る。


「私も、早くに両親を亡くしたので…。思い出してしまった。」


軽く笑みを浮かべ、見つめ合う二人。

光龍は、カッと、頬を赤くすると、顔を背ける。


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