5-17 王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい

 美人が切れると、ここまで怖いのかよ。


「ねえイトセ君、教えてよ!」


 黒穴ホウルの力――俺の周りで黒粒子が次々と爆発する。


 俺とエマ王女のために用意された舞台は聖堂。

 本来はウェストミンスター校を卒業するために先輩達が最後の戦技ヴァジュラを実施する神聖な場所。ある意味、憧れの舞台で俺は彼女の攻撃を避け続けていた。


「ずっと耐えてきたの! 魔術個性ウィッチクラフトの無い王女として生まれて、私があいつらにどれだけ自尊心を汚されたと思ってるのッ――!」


 これだけエマ王女が叫んでも、彼女の声が俺以外に届くことはないのだろう。


 ダン・ウェストミンスター。二階の貴賓席、ローマンの王族が座る傍で真っすぐに立ち、閣下は俺を見つめている。


『王子の中でもユリウスはな、外道だよ。奴がウェストミンスター校の戦技に前々から手を加えていたことは知っていたが、尻尾さえ捕まえられなかった。だけど、不意に思ったんだ。奴が執着しているエマ王女がウェストミンスター校に復帰したら、どうなるのかってね。そして今回、奴はこちらの思惑通り王女の戦技に大きく介入してくれた。イトセ、私は王女を利用してローマン王族の首を取るつもりだ』


 ローマンの王族が人知れず、殺し合っていることを閣下は百も承知。

 そんなもの勝手にすればいいが閣下のスタンス。


 だけど、奴等が神聖な戦技に介入をするのなら、ウェストミンスター校も黙ってはいない。そう言っていたのは閣下自身だ。


「今の私は、これまでとは違う――!」


 エマ王女が感情のまま叫ぶ。

 多分、音の一切を遮断するとかそういう力の持ち主が閣下の手駒にいるに違いない。じゃないと、エマ王女の激情を聞いたユリウス王子は逃げ出すことだろう。


 エマ王女はやる気だ。 

 俺が嘘をついていないことを王女は分かっている。

 名前を伝えれば、今すぐにでも奴の元に向かっていくだろう。ことを成すだけの力が今のエマ王女にはある。


「イトセ君、私は本気」

 

 メラメラと燃える憎悪の瞳が俺に向けられる。

 こんな感情をエマ王女から向けられたのは初めてだった。少しだけウィルに同情した。あいつもこんな目でエマ王女に見られたのか。

 だったらあれだけビビるのも納得だ。


「知ってるよ。だけど、教えられない」

「……私、予感がするの。これから先、ウェストミンスター校で私は勝ち続ける」

「随分な自信だ。馬車の中で怯えていたあの子はどこに行ったんだろう」

「イトセ君が名前を吐けば、私はこの戦技を捨てるわ。黒穴を使うエマ・サティ・ローマン相手に勝利出来るのよ? それって、破格の取引だと思うわ」

「そうかな。俺には、玩具を貰った子供が粋がっているようにしか見えない」


 俺達を包む黒の色がさらに濃さを増した。もはや濃霧だ。

 言葉で俺が説得出来ないと悟ったんだろう。これは脅しだ。


「……イトセ君が悪いんだよ」

「俺を悪者にしたいなら、すればいい。実際のところ、エマ王女に対して結構な罪悪感を感じているんです」


 足が止まる。少し先の前方さえ、何も見えない。少しだけ恐怖を感じる。俺と世界が切り離されたような錯覚さえ覚えた。凄いな、これがローマンの王族か。


「もういい! ――教えてくれないなら、力づくで聞き出してあげるッ!」


 事前に閣下から聞いていた。

 エマ王女の黒穴に包まれて、一瞬でも気を緩めたら俺は死ぬだろうって。だから、俺の足は止まらなかった。


 閣下の言う通り、それが見えたからだ。そして俺はこの時を待っていた。

 

 見える。黒穴に飛び込んできた3人の姿。


『イトセ。黒穴によって生み出された濃霧は、一定以上の濃さを超えると外からは何も見えなくなる。エマ王女がギアを上げた瞬間、ユリウスは必ず動く――』


「イトセ君! 私はね、貴方だけは――!」


 エマ王女は気付いていない。無理もない。

 彼らはユリウス王族が最も信頼するプロの戦闘屋。

 今のエマ王女と比較しても、実力は隔絶している。奴らは――。


「貴方だけはッ」


 ――奴らは視界の無くなったこの空間で王女を仕留め、誰にも気づかれずに離脱することが出来るプロの戦闘屋。

 

「私の味方になってくれるって信じていたのにッ!」」


『イトセ。お前なら、出来るな?』


 俺は息を吸い込んだ。

 

 この一呼吸で、全員を仕留める。それが俺の役目だ。




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