5-16 王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい
どれだけ小さくても一撃一撃が致命傷。俺とエマ王女がいる戦いの場、ここから外にいて俺達の戦いを見ている彼らは、どれだけ俺が必死になってエマ王女の攻撃を避けているか分からないだろう。
ただ、ローマン王族らしき数名だけが顔色を変えていた。
「イトセ君、誰なの? ねえ、教えてよ。貴方は何を知ったの?」
色んなことを知りました――とは馬鹿正直に言えない。
全てはハレルドと女子寮に忍び込んだ翌朝、奴の接触から始まったんだ。
●
エマ王女は学園に復帰したタイウォン・グレイジョイを殺したがっている。だから、奴と
ウィルがその命令に逆らうことは不可能、そんな状態に追い込まれているらしい。
『オルゴット! 俺を助けろ!』
普段から俺に対し、ウェストミンスター校から出て行けと煩い公爵家のウィル。
あいつが半泣きで俺に助けを求めてきた。それだけでも驚きだったのに、エマ王女にとっての敵が俺の前に再び現れた時は驚いたもんだ。
『やぁ、オルゴット君。少しばかりいいかな? 何、人助けだと思って聞いてくれよ。君、趣味は人助けなんだろ? ついでにさ、僕のことも助けてくれよ』
俺の趣味が人助け?
違うと言いたかったが、グレイジョイ先輩は続けた。
俺の言葉なんてまるで重要じゃないって感じで喋り続ける。
『エマ王女から命を狙われているんだ。彼女は僕の後ろに、彼女の兄妹がいることを気付いていてね。参ったよ、参ったなあ。こう見えてもさ、四面楚歌の状況なんだ。自分にはそこそこの力があると思っていたけれど、王族の間に挟まれたら自分がどれだけ小さな存在か完全に理解したよ』
グレイジョイ先輩は王女の婚約者と言われても納得するぐらいの人当たりの良さと家柄に生まれついている。学園中が祝福の雰囲気に包まれる中で、当の本人だけはひどく焦っていた。
『グレイジョイ侯爵家は代々、王族に仕えている一族でね。父上は仕えるべき相手を間違い、そして不始末が僕にまで押し付けられた。エマ王女の婚約者? 最初は喜んだけど、今は最悪だ。彼女が僕を殺したいと願う気持ちも十分に理解できる。だからさ――』
あのウィルと同じように、グレイジョイ先輩も必死だった。
『君の元にいるザザーリス君に伝えてくれ。エマ王女が彼に何を言ったか僕は知っている。甘んじて、彼の力を受けようと思う。だけど、急所は外してほしいってにね。死にたくはないんだ』
ウィルとグレイジョイ先輩、二人の意見が一致していることを確認した俺は、二人を引き合わせた。
グレイジョイ先輩を呼び出した時のウィルの反応は面白かった。
『オルゴット! 何故、俺の前にグレイジョイを連れてきた! 俺と奴の関係が分かっているのか!? 俺たちは
ウィルの魔術個性は――
指先から放たれる力は鉄板すら貫く。ウィルはエマ王女に自分の仕事を果たしたとアピールする必要があった。だからウィルは俺を
ウィルが学校に俺の
『――イトセ。どうしてウィル・ザザーリスの
当然、閣下はエマ王女の行動を知っていた。
つまり、エマ王女がウィルとザザーリスの戦技に介入したという件を。そして俺は知っていた。こういうやり方をウェストミンスター校で最も偉いお方はひどく嫌う。
●
貴賓席ではローマン王族が恐れ戦いていた。
その中にユリウス・サティ・ローマンの姿は見えない。
「ねえ、誰なの? どうして教えてくれないの?」
魔術個性の連続行使は体力を削る。特に黒穴ぐらいの力となれば、その比は他のウェストミンスター生よりも遥かに重たいだろう。
それでもエマ王女は未だ健在な左手を俺に向けていた。俺ごと、彼女の手の中に握り潰すように力を放つ。耳に嫌な音が届いた。
さっきまで俺がいた場所の地面が抉れていた。
「だれなの? ねえ、教えて?」
俺は知らない。
ローマンの王族が何故殺し合っているのか。
あのウィルがあれだけビビるんだ、関わり合いにもなりたくない。
これは俺の想像だ。きっと彼女は逃げ続けてきたんだろう。王族として魔術個性を持たない彼女にはユリウス王子の尻尾を掴むことは出来なかった。
エマ王女はずっと狩られる側だった。
だけど俺が放った言葉に、そして今の彼女が持つ力で彼女は変わった。
「イトセくん。悪いようにはしないから、ね? 教えて?」
エマ王女の目の色が変わっていた。ぞっとするような、血の色に。
閣下。相応に辛い仕事ってのはこれのことですか。
……確かに。今のエマ王女と相対しているだけで、俺は死にそうです。
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