5ー15 ドス黒王子は地雷を踏む(ユリウス王子&イトセ視点)
黒穴、構築前に放たれたイトセ・オルゴットの初撃。
「うっそ! あの人、躊躇いなくエマお姉様の片腕を折ったんだけど!」
愛らしい少女――メラ王女の言う通り、イトセ・オルゴットの初撃はエマ・サティ・ローマンに筆舌に尽くし難い苦しみを与えた。苦境にまみれた人生の中でも、腕を折られた経験はエマに一度もないことを兄妹はよく知っていた。
「カエサルお兄様!
「エマ。
「……ウェストミンスター、やっばいね」
メラ王女は王族であるエマ相手の片腕を躊躇うことなく負った彼の覚悟に驚いたのだ。対してカエサル王子はイトセ・オルゴットの動きを注視していた。
「……」
片膝を地面について右腕を抑えるエマの姿。
それでもエマはイトセ・オルゴットに向けて左手を向け、無数の
「……カエサルお兄様。あの人、
「驚くべきことにそのようだ。誰が情報を漏らしたかは、想像がつくがな」
イトセ・オルゴットは黒穴の中に在りながら傷つくことはない。
「無敵のように考えられる黒穴の弱点は明確だ。エマは彼を捉えるために黒穴を大きく広げたが、黒穴の力をあれだけ広範囲に適用することは出来ない」
正体は微細な粒子の集合体であり、漂う粒子はローマン王族の意思によって爆発することをイトセ・オルゴットは知っている。無数の黒粒子はローマン王族の意思通りに動き、物体にぶつかった瞬間に爆発するよう操作されている。
「彼がやっていることは誰にだって出来ることではない。爆発直前、黒穴の微細な色の違いを見極める目が必要だ。彼は、とてつもない目を持っている」
粒子は爆発する直前に微かに色を変える。
イトセ・オルゴットはタイミングを見極め、爆発寸前の粒子を的確に避けていた。
「カエサルお兄様。あの男はエマお姉様にとっては、天敵ってわけ?」
「エマだけじゃなく、我々ローマン王族にとっての天敵と言うべきだな」
「ウェストミンスター校も、エマお姉様に相応しい相手を用意したってことね。あれ、ユリウスお兄様どこに行くの?」
「……もっと近くでエマを見るんだよ」
「邪魔したらだめよ。ウェストミンスターの
「黙れ、メラ! お前に言われずとも、分かってる!」
最近のエマは
今しかない。階段を下りながら、ユリウスは小さく呟いた。
準備しろ――
⚫️
既に彼らが戦う聖堂は
『いいかイトセ。ローマン王族が持つ魔術個性、黒穴は私が知る限り特上の力だ。奴らは黒穴の力のみで国を興し、周辺の国家を征服、そして今やこのローマンは大陸でも屈指の強国となった。それでも、黒穴は無敵の力じゃない』
エマ王女の
黒に覆われた視界の向こう側で動きがあった。あのユリウス・サティ・ローマンが貴賓席を抜けたのだ。目を細めてイトセ・オルゴットは状況の進展を理解。
全て思惑通り。後は一点、自分が頑張るだけ。
――ッ!
顔の真横で、黒粒子が爆ぜる音を彼は聞いた。右耳の鼓膜が破け、感覚のバランスが僅かに乱れる。それでも、イトセ・オルゴットの集中は乱れなかった。
『イトセ。本来であればエマ王女の情報はお前に渡せない。それにお前は一度、私の依頼を断っている。今回の仕事はお前抜きで進める、そう関係者へ伝えた所でお前のカムバック希望。相応の辛い仕事をしてもらうが、覚悟はあるのか
ユリウスの狙いはエマ王女の命。黒穴を持つローマン王族同士の争いは、男爵家の家系に連なるイトセの耳にも入っていた。ただ、自分には遠すぎて縁のない話だと思っていた。依頼を通じてエマ王女と知り合うことになっても、彼女は魔術個性を持たない王族。ローマン王族の争いとは無縁の存在だと考えていた。
けれど、実態は違った。違い過ぎた。
イトセ・オルゴットは知った。
エマ王女がタイウォン・グレイジョイの命を狙う理由は、自分を守るためにあると。それを知ったのはハレルドと女子寮に忍び込もうとした翌日のこと。
『やあオルゴット君、ちょっと時間があるかな。君と話をしたくてね。なあに、そう固くならないでくれ。僕の命が掛かっているんだ、人助けと思ってさ、頼むよ』
エマ王女が命を狙うタイウォン・グレイジョイから、教えられたのだ。
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