5ー14 ドス黒王子は地雷を踏む(ユリウス王子視点)

 二人の戦技ヴァジュラが始まる前のことだ。

 聖堂に用意された貴賓席に繋がる廊下を通されたユリウス・サティ・ローマンは出そうになる欠伸を噛み締めていた。

 

「ユリウス、お前は相変わらず白けた顔だな! お前は、戦技ヴァジュラに興味が無いのか! あのエマの晴れ舞台だぞ! もっと楽しい顔をしろ!」


 暑苦しい長兄からの声にも、ユリウスは爬虫類を思わせる三白眼と共にしらけた表情を向けるのみであった。


 ローマン王族である彼が人前に姿を現すことは滅多にない。

 しかし、ユリウスの血を分けた妹であるエマの戦技を見るようにと、エマの兄妹全員がウェストミンスター校へ父親であるローマン国王から呼びつけられたのだ。


「なあ、兄貴。エマの相手って誰だっけ?」

男爵家ヴァロンの青年と聞いている! うは、名前は知らんがな! 大層、戦技ヴァジュラの成績がいいらしいぞ!」

「へへっ、男爵家がウェストミンスターにいるのか。ウェストミンスターの格も落ちたもんだな」


 真っ赤な絨毯が引かれた廊下を、大国ローマンの王族が悠々と歩いている。彼らの後ろには大勢の護衛が詰めかけていた。

 

 白けた表情のユリウスだが、内心は憎々しい思いで一杯である。

 本来であれば、エマの相手は彼の息が掛かるタイウォン・グレイジョイであった筈だ。ユリウスが秘密裏に行った戦技への介入を失敗に終わっている。

 

「ユリウス! エマは、勝てると思うか!? 聡明なあの子だ!」

「けっ……力もねえあばずれが、どうやって戦技で勝つんだよ、ボケ!」

「そういうな、ユリウス! エマとて勝算も無しにウェストミンスター校に入学したわけではないだろう!」


 ユリウスは――エマが邪魔だった。

 昔から相容れない、その姿を見るだけで虫唾が奔る。ユリウスがエマを憎む理由は、彼女が持つ清廉さと聡明さにあった。ローマンの民に人気があることも癪だ。


 しかし、エマが魔術個性ウィッチクラフトを持たないことを外部に知られることは、大国ローマンの恥部となる。そのためにユリウスら、兄妹はエマの秘密を保持し続けた。


「我々、ローマン王族は伝統的にシュルーズベリー・スクール校に入学するからなあ! エマがウェストミンスターに入学を決めた時は、何事かと驚いたものだ!」

「何言ってやがる、兄貴。エマの奴は、逃げたんだよ。あいつには力がねえからなあ、シュルーズベリー・スクールの窟技プロイで優秀な成績が納められねえと分かって逃げたんだよ」


 ユリウスは口ではそう語るが、エマなら魔術個性が無くても、その外見を使って周囲に実力者を侍らせ、難攻不落の迷宮を落とすことさえ可能であると考えていた。

 全く忌々しいぐらい、エマは容姿に恵まれている。


「ユリウス! お前は、変わらないな! いつだって、エマの敵だ!」

「……けっ」


 ユリウスにとっての最悪は、エマが魔術個性に目覚めることだ。

 そして、エマに魔術個性に目覚める兆候ありと部下から連絡を受けてから、どうやってエマを亡き者にするか頭を働かせた。


 グレイジョイ侯爵をそそのかしエマを亡き者にさせようとした、全てユリウスの手によるものだ。有力な王族の後ろ盾無しには、力のある貴族とて王族相手には動けない。


「あら! ユリウスお兄様までお越しになるなんて珍しい! カエサルお兄様、席はこちらですよ!」

「おお! メラ! お前が一番乗りだったか!」


 しかし、ユリウスの計画は悉く失敗した。

 ウェストミンスター校で先日、行われた戦技――八番目の邸宅ナンバーエイトにも、部下を派遣していたが何者かの手によって皆殺しにされてしまった。


 ユリウスの暗躍をいつだってエマは跳ねのける。

 その度にユリウスの憎悪は積み重ねっていき、エマが魔術個性に目覚めたかもしれないとの情報が入った時は、もはや手段を選んでいる段階ではなくなった。


 エマの戦技――これを逃す手はない、だから、戦技の組み合わせに介入した。


「ユリウスお兄様が、父上からの言葉とはいえエマお姉様を見に来るのは珍しいですね。いつもなら仮病で逃げるのに。あっ、やっぱりエマお姉様の晴れ舞台だから? くすくす」


 ユリウスは、ウェストミンスター校で権力を働かせた。

 戦技の相手を調整しようとしたのだ。職員を買収して、エマの戦う相手を選んだ。だが直前になって、失敗の連絡が届く。


「黙れ、メラ。お前はバカみたいに座っていろ。そうすれば、少しは見れる顔になる。それでもエマ程の人気を国民から得ることは無理だろうがな――」


 エマの相手は、イトセ・オルゴットとかいう男だ。

 名前を聞いたこともない男爵家の青年が、エマの相手になるという。その話を聞いた時、ユリウスの顔は歪んだ。タイウォン・グレイジョイにはエマが魔術個性に目覚めていようと、エマを殺せるだけの力を持っていた。

 だが、取るに足らない下級生の戦技でタイウォン・グレイジョイは病棟送り。


「あの男の人、カッコいいね、カエサルお兄様! 強いのかな?」


戦技ヴァジュラはもはや過去の遺物。人が死ぬこともない。俺やユリウスが卒業した窟技プロイとは何もかもが違うからな! そもそも俺はウェストミンスター校に興味がないし、実力をしらん! しかし、勇気はあるのだろう!」


 いつだってそうだ。

 いつだって、エマは、ユリウスの手をするりとすり抜ける。


 エマの対戦相手、イトセ・オルゴット。

 オルゴットという貴族名にも聞き覚えがないが、そこそこ腕は立つという。しかし、ウェストミンスター校で幾ら成績が良くともそれが何だというのだ。


 勇気の――シュルーズベリー・スクール校には魔術個性ウィッチクラフトを用いて未踏地域の迷宮探査を行う窟技プロイがある。


 送り出した迷宮でチームの半数が死ぬこともある窟技プロイと比較すれば、ウェストミンスター校の戦技ヴァジュラはなんと生ぬるいことか。


 だから、誇り高きローマン王族はエマの相手に選ばれた彼を侮っていた。

 

「あア!? 何で、エマが黒穴ホウルを使いこなしてんだッ! あいつが、黒穴ホウルに目覚めたのは最近の話だって――!


 エマの身体と同じ血が流れる兄妹は、その光景を理解することが出来なかった。

 

 彼女を憎み続ける王族の一人ユリウス・サティ・ローマンは思わず用意された椅子から腰を浮かせて、目を見開いた。眼下に広がる光景、黒穴ホウルを剣へと形状変化させた妹の姿。


 エマ・サティ・ローマンが黒穴に目覚めた――事実であった。

 聖堂に集まったローマンの権力者一同は、彼女が発現させた黒穴の禍々しさに圧倒された。息をすることさえ忘れる圧迫感の中で、ユリウスは叫んだ。


「というか、親父! 戦技ヴァジュラを止めろ! エマの相手、あの男爵家ヴァロン! 死んじまうぞ――ッ!」


 ローマンの王族が魔術個性ウィッチクラフトを用いて誰かを殺すことなどあってはならない。黒穴ホウルの魔術個性はあくまで抑止力なのだ。


 しかしエマが発現させた黒穴。

 あれは何かが触れただけで存在を抹消させる威力を持つとユリウスは即座に察した。だから父親であるローマン国王に今すぐに戦技を中止させるよう訴えた。

 そもそも勝負にならない、ユリウスはそう考えた。


 しかし。


「――カエサル」


 ローマン王族が持つ過ぎたる力は嘗て数多の一族を滅ぼし、国を作り上げた。ローマンの逸話は今でも諸国を震え上がらせ、世界中からローマン一族に向けられる恨みは未だ消えることがない。


「お前は……あの青年をどう見る。あのエマを前にして表情は変わらない、しかし俺には笑っているように見えた。黒穴ホウルは触れれば滅する力、何故、彼は笑っている?」


 だが、ローマンを束ねる恰幅豊かな男は、息子の一人に――シュルーズベリー・スクール校を首席で卒業した燃え盛る赤髪のカエサル・サティ・ローマンに尋ねた。


「愚問であります、父上。古来から決まっているではありませんか」


 瞳の光彩すら燃えるように赤い次期ローマン国王筆頭は、興味深そうにウェストミンスター校の男爵家ヴァロンを見つめた。

 

「ローマンに挑む者は――勇者ブレイバーだと」


 彼らは確信している。

 ローマンに挑む勇者とは――散る者だ。


「花のように、散ってしまう悲しき勇者ブレイバーですが」


 ローマンが持つ黒穴の魔術個性を前にして生き残った者は片手で数えられる。そして生き残った者は誰もがローマンの家臣となり、強大な国を作り上げた。


 ――だから、彼らは動揺した。動揺せざるを得なかった。

 

 戦技ヴァジュラが開始が宣言されて数秒後のこと。 


 ウェストミンスター校が用意した青年。

 取るに足らない筈の男爵家ヴァロンが、エマが薄く広げた黒穴ホウルの包囲網を突破し、何かをした。何かをしたのだ。けれど、貴賓席に座る彼らには分からなった。ゆったりと構える彼らの想定を超えた、余りの早業だったからだ。


「……あの男爵家ヴァロン、今、何をした――!? おい、カエサル! 教えろ! お前の目には見えているのだろうッ!」


 ユリウス・サティ・ローマンが叫ぶと同時に、眼下のエマ・サティ・ローマンは冷たい石床の上に肩膝をついた。

 

 


―――――――――――――――

【読者の皆様へお願い】

作品を読んで『面白い予感』と思われた方は、下にある★三つや作品フォロー頂けると嬉しいです。モチベーションアップに繋がって更新早くなります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る