5ー13 腹黒王女は恋に落ちている(エマ王女視点)

「さあ、お集りの皆様! 本日の一戦は、このウェストミンスター校の歴史に刻まれる輝かしい一日となりましょう――!」


 最上級生の卒業を定めるために使われる聖堂が、エマ・サティ・ローマンのためだけに開放されている。ローマン国王までもが駆け付け、一般生徒の姿は見えない。


「ローマン王族が一同に揃うなどと、ウェストミンスター校の歴史でも数える限り! 本日の主役は当然エマ王女! ローマンの血脈を受け継ぎし若き姫君プリンセスッ!」


 ローマン王族だけではない。

 大国を支える元老院の姿や、ウェストミンスター校の校長の姿も見える。

 彼らは本日の主役であるエマを、そして対戦相手であるイトセ・オルゴットを高みから見下ろしていた。


戦技ヴァジュラの説明は、必要はないでしょう! 何でもありの、小さな戦争であります! エマ王女にとっては王族としての魔術個性ウィッチクラフト――黒穴ホウル、お披露目の機会でもあると伺っております!」


 ――エマは頭を上げ、よく見知った兄妹の顔を一つ一つ見つめた。

 彼らは皆、エマが魔術個性を持たないという事実を知っている者たちだ。故に、戸惑いを浮かべる者もいれば、興味が無いとばかりに眺める者もいた。


 あの中に、タイウォン・グレイジョイを自分にけしかけた者もいるんだろう。しかし、今や彼はウィルによって病室送り。ざまあみろと言ってやりたい気分であった。


「王女のお相手を皆様にご紹介いたしましょう! イトセ・オルゴット。ウェストミンスターでも珍しい男爵家ヴァロンの学生です!」


 だけど自分を救い出してくれた人が壁になるなんて。

 どうして自分ばかり苦しむのだろう。一時の光が見えても、照らされ続けることはない。エマ・サティ・ローマンの人生は苦難の連続だった。


「エマ王女の相手として相応しい、成績優秀な生徒であります! 彼であれば、黒穴ホウルの脅威にも対抗出来る筈――彼にもまた、万来の拍手を――!」」


 エマは、ローマン王族伝統のグローブを両腕に嵌めている。

 準備運動なんて彼女の力には必要ない。黒穴ホウルは、圧倒的な力だ。


 エマの向こうでは、イトセ・オルゴットが簡単なストレッチに励んでいる。相変わらず、その表情は何の感情も悟らせない淡々としたもの。

 彼はエマが持つ魔術個性ウィッチクラフト――黒穴ホウルが怖くないのだろうか。


「それでは国王様から、勇敢なエマ王女へお言葉を一つ! お願いいたします!」


 彼は本気で自分に勝とうとするのか、負けるのか。

 このウェストミンスターで首席を狙うのであれば、当然勝利を目指すべきだろうが、エマは既に黒穴ホウルに目覚めている。彼に勝ち目はない、その筈なんだ。


「ウェストミンスターの伝統をこの目で見るのは久しぶりだ。王族とはいえ、手加減は不要。少なくとも――不甲斐ない戦いは見せないでもらいたいものだ」


 なのに彼、イトセ・オルゴットは言った。

 この場にやってくる数分前のこと。

 待合室で彼から伝えらえた言葉は衝撃的だった。


『エマ王女――時間がないから手短に話す。貴方に不幸を持たらす者の存在を確認した。そいつは戦技ヴァジュラの組み合わせに手を加え、貴方との対戦相手を意図的に操作した形跡がある。校長はえらくご立腹で、俺は校長の駒として貴方の対戦相手に選ばれた』


 ローマンという大国には四大校と呼ばれる四校が存在し、ウェストミンスター校を除く三校には戦技ヴァジュラに匹敵する不可侵授業が存在する。

 戦技ヴァジュラへの介入は、例え国王であっても許されない暴挙だ。


 例えば力のウェストミンスター校と似通った性質を尊ぶ一校。

 勇気の――シュルーズベリー・スクール校には魔術個性ウィッチクラフトを用いて未踏地域の迷宮探査を行う窟技プロイという授業が存在している。嘗て、窟技プロイの迷宮選定先に介入した王族の一人は、王族の座を剥奪されていた。


『貴方はウェストミンスターの生徒で、閣下……校長にとって貴方は守るべき生徒の一人。俺は貴方を守るために、この戦いを出来るだけ長引かせたい。それも不自然に見えない範囲で。そのためには貴方は俺を殺す気で戦ってもらう必要がある』


 エマは聡明だ。

 例え彼が、自分を助けて見せた時のように圧倒的な力を持っていようと、越えられない壁というものがある。ローマン王族の黒穴ホウルがそれなのだ。


 エマは既に気付いている。自分の魔術個性ウィッチクラフトが、ウェストミンスター校の生徒を、実力で圧倒的に凌駕していることを。

 本気になった自分に――彼は勝てない。


『俺がこの場に立っている理由は校長から与えらえた仕事だからとか、ウェストミンスターの首席に近づけるとか、そんな理由じゃない。嫌がると思うけれど、貴方が俺の知らない世界でどんな風に生きてきたのか少しだけ知った。君の心を弄んだ俺が言う言葉じゃないけれど……貴方は、もう少し幸せになってもいいと思う』


 過去を知られても、それ程嫌な気分にはならなかった。

 多分、彼が時折見せる暗さにエマが勝手に親近感を感じていたからだろう。彼もまた、誰にも言えない秘密を抱えているんだろうとエマは感じていた。


『大丈夫だよ、エマ。俺は絶対に死なない。今度は、嘘じゃない』


 エマは、彼を信じることにした。


 だからエマ・サティ・ローマンは両の掌から黒い球体を発現させた。

 発現させるだけじゃない。黒い球体はエマの望むままに剣の形状を取ると、彼女の手にぴったりと吸い付いた。


 黒色一色の剣は、目が離せない程の存在感を主張している。エマは黒穴ホウルの持ち手を握り締めて、その切っ先をイトセ・オルゴットに向ける。


「い、驚きましたッ! エマ王女、黒穴ホウルの具現! これ程までに鮮やかに! 予想以上! しかし、これは勝負にならないのでは――ッ!」


 魔術個性ウィッチクラフト黒穴ホウルの形状変化。

 存命するローマン王族の誰もが辿り着けない至高の領域に、ローマン国王を含む聖堂に集った誰もが目を見開く。ローマン王族による戦技、記念すべき一戦目を目に焼き付けようとこの場に集まったローマンの上層部は、エマ・サティ・ローマンが魔術個性に目覚めたと、大なり小なり情報を得ていた者ばかりだ。


 それでも、誰もが驚愕の感情を顔に貼り付けて、この先に悲劇を予感した。


「あア!? 何で、エマが黒穴ホウルを使いこなしてんだッ! あいつが、黒穴ホウルに目覚めたのは最近の話だって――! というか、親父! 戦技ヴァジュラを止めろ! エマの相手、あの男爵家ヴァロン! 死んじまうぞ――ッ!」


 戦技ヴァジュラの結末を――イトセ・オルゴットの死を確信した。




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