5ー12 腹黒王女は恋に落ちている(エマ王女視点)

 エマは二人の戦技ヴァジュラが行われている会場へ素早く向かった。


 頭の中で何度もローズの言葉が反芻する。あのプライドが高い公爵家デュークのウィルが、サポート役の三手プッシュに男爵家のイトセ・オルゴットを指名するなんてあり得ないことだった。


「ウィル! 大金星だ! あのグレイジョイ先輩を破るなんて!」

「顔を上げろよ、ウィル! お前が勝ったんだ! ザザーリスの名前に箔が付くぞ!」


 エマが会場についた頃には、全てが終わっていた。

 大観衆がもみくちゃに興奮している。誰もエマが現れたことにも気づいていない。声の大半はウィルを讃える声ばかりだった。


「退きなさい! 一刻を争う事態だわ! 治療室を開けておいて!」


 そして担架で運ばれていくタイウォン・グレイジョイの姿。

 二人の戦いが行われていたのだろう場所には、青ざめているウィル・ザザーリスの姿が見えた。生徒達の声から勝利したのはウィルだということをエマは理解する。


 まさか――ウィルが勝利するなんて。


「オルゴットも見事なサポートだった! グレイジョイ先輩の模倣を悉く見破って、あいつがいなかったらウィルは負けていたぞ!」

「どんな手を使ってもウィルの勝利だ!」


 そうだ。エマがこの場に急いでやってきた理由は、三手になったイトセ・オルゴット。彼とウィルの間で何があったのかを知るためだ。

 けれど、黒山のような人だかりの中で目的の彼を見つけることは困難。


 ――痛っ。

 エマの腕が力強い力で掴まれた。

 痛みを感じて、エマはそちらを見た。そこにいたのは無表情の彼だった。


 興奮している大観衆の中で、彼は一人だけ落ち着いていた。白い死神スノーホワイト――改めて、エマはその呼ばれ方がぴったりだと感じる。 


「エマ王女――ウィルは、貴方の命令を実行した」


 何も反論を許さない、絶対零度の口調。

 エマは瞬時に理解した。彼は知っている。自分がウィルに下した命令を。


「それは……」


 反論することは出来なかった。

 事実だからだ。ここで無様に言い訳を並べたら、彼に嫌われてしまう、そんな予感がして、エマは黙っていることしか出来なかった。


「王女との戦技ヴァジュラ、楽しみにしています。国王や重臣の目の前で、俺は黒穴ホウルを手に入れた貴方を相手に勝利する」


「イトセ君、それは……私! 棄権するわ――」


「逃げるなんて、許されない。これは貴方が始めた戦いです」


 イトセ・オルゴットが耳元で囁いた言葉にエマは言葉を失う。親しみの感じられない厳しい口調に、エマは彼との関係が終わったことを理解した。


 どうして彼が、エマが魔術個性ウィッチクラフトを手に入れたことを知っているのかさえ、考えらない程エマは落ち込んだ。

 三日三晩、碌な睡眠も取れない程に。 



 エマがどれだけ彼と連絡を取ろうとしても、彼を捕まえることは出来なかった。

 ウィルとザザーリスの戦技ヴァジュラ以降に、彼が授業に出ることは無かったし、あの日ウィルの三手プッシュとして姿を見せただけで、それっきりだったのだ。ウィル・ザザーリスに事情を聴こうにも、彼はエマの姿を見ると姿を隠してしまう。


 タイウォン・グレイジョイはウェストミンスター校の優秀な救護班を持ってしても意識不明の状態だという。そしてウィル・ザザーリスはこれまでに無いほど、落ち込んでいるようだった。戦技ヴァジュラは相手の死も許される戦いだというのに。


「……」


 そして、当日の朝がやってきた。

 王族として迎える、歴史有る一日。朝から楽隊の音楽がウェストミンスターに響き渡り、学園に新しい風が吹き込まれようとしていた。


 国王だけじゃなくて、エマの家族も全員がやってきているらしい。


「……」


 エマは主役として化粧を整え、その瞬間を待った。待ち続けた。



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