5ー18 王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい

 エマ・サティ・ローマンは即座に違和感を感じる。

 自らが作り出した黒色の牢獄、中に誰かが侵入してきた。ウェストミンスター校の戦技は不可侵、驚愕を感じながらも威力を下げ黒粒子を爆発させる。


「これは私たちの戦技ヴァジュラよ!」


 それでも侵入者はエマの攻撃を避けた。驚異的な動きで難なくと、少なくともウェストミンスター校の学生ではありえない動き。


 エマは直観で理解した。何者かが、自分を殺しにきたのだと――。


 ●


 視界は無い。黒穴の世界は何も見えない。

 だけど、言い訳にはならない。条件は誰もが一緒だ。


「これは私たちの戦技ヴァジュラよ!」


 エマ王女の声が聞こえた。彼女も気付いたか。

 即座に彼女の元へ走り寄る。エマ王女に青白く発光するナイフを振りかざす男、首筋に一撃。一人目の口からごっそりと息が漏れ、地面に倒れこむ。まず一人目。


「隊長、リンがやられた! 罠だッ」

「後には引けん、王女を殺す」

 

 微かに見えていた。

 黒穴の中、俺の目はもうこの世界に慣れている。

 奴等の動きを――観測。

 何か細い物でエマの身体を刺そうとしている二人目、覆面を被っている。


「何? イトセ君、何をしてるの!?」


 混乱するエマ王女の声。

 エマ王女の脇を通り過ぎ、二人目に向かう。体感時間の圧縮、今まで以上に集中出来ている。咄嗟にしゃがみ、向こうからの攻撃を交わす。地面を蹴り飛ばして、二人目の腕を掴む。持っていた細長い何かを、奴自身の身体に突き刺した。


「隊長、ッ、後は――」


 そこで自分の愚かさに気付いた。

 二人目は待ち構えていた。

 エマ王女じゃなくて俺に、切り替えたのだ。


 三人目がエマ王女に迫っている。間に合わない。


「え!??」 


 ――ウェストミンスター校の戦技には、使わないって決めていたんだけど。

 エマ王女と俺を繋ぐ魔法の糸、二つ目の魔術個性ウィッチクラフトを使い、思いっきり引き寄せる。俺の元に飛んできた彼女の身体を強く抱きしめた。


「イトセ君……これは、予定通り……なの?」


 動転しているエマ王女。


「勿論」

 だから安心してほしい。


 ――俺の力不足だった。

 腐ってもローマンの王子が送り込んできた刺客。三人目の目が薄っすら光っている、プロの戦闘屋。金のために動く超有名人。

 噂だけど、そいつのことを俺はよく知っていた。

 勝てない、と瞬時に判断。この男に、勝てるわけがない。


「エマ王女」 

 さいごだ。

「なに?」

 

 でもエマ王女だけは大丈夫。こういう時、閣下がいつも何とかしてくれる。あの人は俺だけじゃなく、皆のヒーロー。

 外では行動を起こしたユリウス王子も既に捕らわれているだろう。確信があった。


 後は、エマ王女を守るだけだ。

 俺が奴の攻撃を受ける。それで終わりだ。その後すぐに助けが入る。

 

「俺は謝らないといけないことがあります」 

 貴方に掛ける言葉を探している。

 

 ――俺の目には見えている。

 ――奴が持つ凶器。俺ごと、エマ王女を貫く力。そこまで迫っている。


「最初から最後まで仕事でした」

 嘘じゃない。俺はただ閣下の依頼に従う人形、閣下には大きな借りがある。尊敬もしている。そんな俺が初めて、閣下の依頼を断った。これ以上、は嫌だった。

「貴方は勘違いされている」

「……そう」

 きっと落胆されるだろう。分かっていた。

 だけど、これだけは言わなくてはいけなかった。


 ――凶器には青光りするアプロキシン、微量で効果を発揮する猛毒だ。

 ――そこまで彼女が怖いのか、ユリウス王子。


「でも、貴方に出会えてよかった」

 真実だった。八番目の邸宅ナンバーエイトで、エマ王女は俺のために命を失おうとした。あの行動は本当に理解出来なかった。それでも出会えてよかった。

 

 ――来る、覚悟を決めた。


「……」

 エマ王女は俺の抱きしめた腕の中で、俺の言葉を必死に吟味しているようだった。その姿にちょっとだけ呆れる。今がどんな状況か分かっていないのか。


「一つだけ質問。イトセ君は、人助けが趣味なの?」

 そんなお人好し、この世にいるわけがない。

「まさか」

 だから俺はいった。


 ――俺の目に、三人目の姿がはっきりと見える。

 ――黒い覆面、笑っているように見えた。三人目は、勝利を確信していた。 


「だよね、安心した」

 上目遣いでエマ王女は笑った。その表情を見て、少しだけイラついた。

 だって、それは――まるで俺が告白をしたみたいじゃないか。


 もう一度、最後に言ってやろうか。俺は別に、エマ王女のことなんか大切じゃないし、猪突猛進な王女様とはこれ以上関わりたくないとも思っている。


 ――すぐそこに、迫っている。残り3秒。


 だけど、残念。これで終わりだ。

 公爵家デュースから男爵家ヴァロンへ。

 俺の長かったようで短い異世界生活はこれで終わりということ。


 ――凶器が振り上げられる。残り2秒。


 父さん、母さん。全くもって後悔の無い人生だったよ。

 恵まれた公爵家に生まれたのに全てを失った時は人生が終わりだと思った。だけど、二人を恨んだことは一度もない。


 俺もすぐそっちに行くから。話したいことは山のようにある。

 そっちに行ったら、あんたらを退屈させない土産話が出来ると思う。


 閣下、ごめんなさい。

 俺は貴方の期待に完璧に応えられなかった。それでも多少は褒めてください。貴方に救われたあの日から、俺なりに努力したんです。


 ハレルド。お前ならウェストミンスターを卒業出来る。

 俺はここで退場する。それでもお前は勝ち続けろ。お前なら絶対に出来る。


 ――奴と視線が重なった。残り1秒。来るなら、来い。


「――オルゴット! 俺に借りを作ったまま逝くなど、ふざけた男爵家ヴァロンが! これ以上、俺のクラスから脱落者は出さないと言っただろうがッ!!!」


 それは。

 余りにも聞き慣れた、誰かの罵倒だった。



―――――――――――――――

本日もう一話か二話、投稿予定。


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