5ー10 腹黒王女は恋に落ちている(エマ王女視点)

「エマ様! 出歩かれて大丈夫なのですか!? 何でもひどい風邪を引いていたとか!」


 エマ・サティ・ローマンはその日を心待ちにしていた。


 本日、ウェストミンスターに登校した理由は、エマが待ちわびる戦技ヴァジュラの相手が公になる日だったから。校舎の中でエマの可憐な姿を見つけた生徒達が我先にと駆け寄ってくる。


「エマ様、体調はもうよろしいので_」

「ええ、おかげさまで。ちょっと休みすぎちゃって……」

王の盾ロイヤルガードが寮を張っているから、エマ様の身に何かあったのではないかと心配していたんです!」

「あれは……お父様が心配性すぎるだけですよ」


 久しぶりの登校とあってエマは少しだけ緊張していた。

 それでも以前より堂々としていられるのは魔術個性ウィッチクラフトのお陰だろう。今のエマは以前とは違う。ウェストミンスターの生徒として当たり前に持っている戦闘用の魔術個性を備えている。


 王族として相応しい力を、ウェストミンスター校が誇る戦技ヴァジュラで明らかに出来る。

 エマは数日後に迫る戦技を心の底から心待ちにしていた。


「エマ様。登校された理由はやはりあれですか。今日はエマ様の戦技、初戦の相手が発表される日ですから!」

「ふふ、そうかもしれないですね」

「あれあれ、緊張されてないんですか?」

「……緊張してもどうなることもありませんから」

「国王様直々にエマ様の戦技を来られるとか……そんな話も出回っていますけど本当なんでしょうか?」

「さあ、どうでしょう。ごめんなさい、私も知らないの」


 ローマンを統べる父親にとって、魔術個性を持たないエマはずっと無価値だった。

 自分の価値を父親に認めさせること、それがエマの夢であったことは間違いない。


 エマが魔術個性に目覚め、力の研鑽に励んでいるある日、父親から知らせが届いた。

 そこには今後、王の盾が数名、万が一に備えてエマの周りを固めること、さらにローマン国王が直々にエマの戦技を見に行く旨が記載されていた。


 父親に価値を認めさせる絶好の機会。

 誰が相手であろうと全力でいくとエマは決めていた。例え結果、相手が死に至ろうとも。


「あ、エマちゃん! 久しぶり! もう風邪は治ったの~?」

「ええ、ジナちゃん。おかげさまで」


 教室に到着するとエマの登場にクラスメイトが色めきだった。その中で一人、エマの姿を見て顔を暗くする青年がいた。クラスを取り仕切るウィル・ザザーリス。公爵家の青年だ。


「あら。ウィルさん、お久しぶりですね」

「……」

「あ、そういえばウィルさん。今日の戦技、楽しみにしていますね。私も見に行きますからね。私はどちらかと言えば、ウィルさんを応援していますから」


 本日の午後、タイウォン・グレイジョイとウィル・ザザーリスの戦技が控えている。

 上級生との戦技は成績優秀者にのみ与えられる特権だ。


「おい、ウィル! 良かったじゃないか! エマ王女が応援に来られるなんて、百人力だな!」

「グレイジョイ先輩が相手とはいえな、このようにエマ王女は婚約に無関心のご様子! ウィル、ぶちかましてやれよ!」


 タイウォン・グレイジョイの正体をエマは既に見抜いていた。

 エマの婚約者であることを盛んに吹聴する彼は、同じ王族の兄弟である誰かの息が掛かっている。自分の婚約者であるなんて、偽りの事実をあたかも既成事実のように広めている力。


 間違いなく、エマを疎ましく思う王族が背後にいる。


 タイウォン・グレイジョイ――今のエマにとっては、忌まわしい男。

 だからエマは王族としての権力を使ってウィル・ザザーリスに命令を下した。本日の戦技で、偶然を装って彼を仕留めろと。ウィルの魔術個性なら、タイウォンを仕留められる可能性がある。


「失礼! 体調が悪い! 俺は病室に行く! 教師には体調が悪いと伝えろ!」

「おい、ウィル。怖じ気づいたのかよ!」

「黙れ! お前達と一緒にするな! 午後の戦技に向けて備えるためだ!」


 大きな期待はしていないが、彼はやり遂げるだろうか。

 エマが目を向けると、彼は視線をそらすように教室から逃げ出した。いつも自分を大きく見せようとして必死な彼の姿にエマは微笑した。


「うわあ! ウィルの奴、態度悪いね-!」


 ウェストミンスター校の生徒は誰も知らないが、エマは今、窮地に立たされている。


 婚約者タイウォン・グレイジョイの登場は見えない兄弟からの攻撃だ。そして今までのエマなら、真っ向から立ち向かうことは出来ず、起用に逃げることしか出来なかった。

 だけど今は違う。エマは魔術個性という力を手に入れた。


 エマと見えない兄弟の戦いは、中立であるローマン国王も察知しているところだ。

 あの王の盾がエマが住まう女子寮を守っていることが何よりの証。


「あの、ジナちゃん。彼の姿が見えないのだけど……オルゴット、イトセさんは今日お休みなのかしら?」

「イトセ君? エマちゃん、知らないの? イトセ君ならここ数日、ずっとお休みだよ~」

「え……どうしたのかしら」

「心配はいらないと思うなー。イトセ君、一年生の頃から急に休むことあったから」


 ふうんと何気ない様子を見せながら、エマの心情は動揺していた。


 その感情を言葉にすれば、落胆が一番近いのかもしれない。


 ローマン王族という特別な立場に在りながら、これまでエマには味方はいなかった。ウェストミンスター校の学生とは違い、物分かりの良い大人の貴族ならローマン王族の中で未来の無いエマ・サティ・ローマンに近づく者はいないのだ。


 たった一人で、魑魅魍魎が蠢く王族の世界を生き抜いてきた。


 彼と喋ることが、彼の姿を見ることがーーエマの心を支える希望だったのだ。


「……どうして」


 だから、心を支え続けてくれた彼の名前を見てエマは絶句した。


「うわ! エマちゃん、イトセ君が相手なんて不運だねえ! でもでも、イトセ君ならエマちゃんの事情を話せば手を抜いてくれるかもよ~? イトセ君、前にも手を抜いた前科があるし~」


 数日後に迫ったエマの戦技、記念すべき一戦目の相手は白い死神スノーホワイト


 さらに同日、エマの戦技にはローマン国王を含めた国の要職が訪れる予定である、との旨がウェストミンスター校から発表された。




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