5-9 王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい

 ウェストミンスター校の女子寮は厳重に警備されている。

 建物の周りはいつだって警備兵士が巡回して、目を光らせている。誰が侵入するんだよって前は思っていたけど、俺みたいな奴が過去にいたんだろうか。


 だけど、少し頭を使えば侵入は可能だ。幸いにして俺はあの女子寮のどこにエマ王女が住んでいるかは知っている。俺一人だったら厳しいけど、協力者も簡単に見つかった。ハレルドだ。女子寮に侵入すると言ったらハレルドは乗り気になった。あいつはそういう青春っぽいことをしたかったらしい。女子寮に忍び込むことのどこが青春だ。


「おっどろいたなあ。あいつら、王の盾ロイヤルガードやろ。王の盾がウェストミンスターにいるなんてどういうことや?」


 でも女子寮に侵入するって俺たちの青春は失敗に終わった。失敗だ、大失敗だ。そもそも挑戦すら出来なかった。見たこともない男が数人、女子寮の周りを彷徨うろついていたからだ。帯剣した男たち。羽織る外套には王の盾を表す紋章が見えた。信じられないが、あいつらは王の盾と呼ばれる王の近衛。


「なあ、イトセ。あれ、どう見てもエマ王女絡みだろ。王の盾が王女を守るなんて、あの人は何をやらかしたんやろうな?」

「そんなの俺が知るか」


 王の盾を見た俺たちはすごすごと男子寮に帰ってきた。さすがに王の盾が守っている女子寮に侵入する度胸は無い。あいつらは王の命令でしか動かないローマンの精鋭中の精鋭。


 俺の部屋でハレルドはくつろいでいる。本物の、王の盾を見て興奮しているらしい。


「おい、イトセ。何を考えているかしらんが、やめとけよ」

「……何をだよ」

「こんな真夜中に突然、女子寮に忍び込むなんてな。お前にもいっぱしのロマンがあるって嬉しかったけどな、王の盾を見て考えが変わったわ。今、エマ王女と関わるのは止めておけってことや」


 ハレルドにしては珍しい、突き放すような声だった。


「王の盾が何人もエマ王女のために駆り出されるなんて、とんでもないことやろ」

「別にエマ王女を守ってるって決まったわけじゃないだろ」

「アホ。お前の顔を見たら、誰でも分かるわ。イトセ、王女に何か用があったんやろ」

「……」

「もっかい言うぞ。今は王女に関わろうとするのはやめとけ、時期が悪い」

「……」


 まるで自分の部屋みたいにくつろいでいるけれど、こいつはこう見えて鋭い男だ。

 そりゃあそうだよな。こんなんでもウェストミンスターで最底辺の男爵家として一年間生き抜いてきたんだ。


「イトセ。お前が知ってるか知らんけどな。あの王女様、ここ最近熱心に戦技について調べとるらしい。別に可笑しいことじゃないけどな、王女も今やウェストミンスターの学生なわけで。だけど、調べていた内容が問題や。あの王女は戦技ヴァジュラで相手を殺した生徒がどうなったか、過去の記録を調べとったらしい。震えるやろ」


 それは俺も知らない情報だった。ハレルドの奴、詳しすぎるだろ。俺と同じぼっちの癖に、どこからそんな情報を。でも確かに震える話だ。エマ王女、何を考えている。


「チームで挑んだ戦技の後で、王女が別人になったって噂や。勿論、王女の気持ちも分かる。そろそろ王女の戦技、一戦目が始まるわけやからな。みんなが気にしとる。ローマン王族は黒穴ホウル魔術個性ウィッチクラフトを持つ化け物一族や。場合によっちゃ、救護も間に合わん。死ぬで」


 そうだな。エマ王女が本当に黒穴の魔術個性に目覚めていたら、の話だけど。


「ウェストミンスターの長い歴史を見ても、ローマンの王族がここに在籍した記録もない。王女の一戦目は、国王が観戦に来るって噂もあるんや」

「……」

「誰が王女の相手になるか、俺だって気にしとる。そこにきてイトセ、お前が女子寮に侵入するなんて言い出したわけや。イトセ。お前、何かやばいことに関わろうとーー」

「この話はここまでにしよう」


 ああ、十分に分かってるさ。王の盾を見て、俺も考えを改めた。


 何やら話がでかくなっているような気がする。俺の知らない場所で、エマ王女を中心に何かが動いている。


 エマ王女の婚約者を自称するタイウォン・グレジョイが現れて、エマ王女はウィルを使ってグレイジョイ先輩を殺そうとしている。そしてエマ王女が住まう女子寮を守る王の盾の存在。


「ハレルド。お前が言いたいことも分かる。俺たちはただの男爵家ヴァロン、王族の言葉一つで塵になり、公爵家デューク伯爵家コミスの顔色を伺ってしか生きられない弱々しい存在だ」


 俺は首を突っ込むべきじゃない。だけど、ウィルのあの怯えようを知りながら見て見ぬ振りなんて出来ない。直感だけどエマ王女の行動には、俺にも理由の一端があるような気がするから。


「はあ、これは言っちゃいけんことや。イトセ、だけど言う。どうして俺が知っているかとか、何も聞くな」

「急に何だよ」

「いいか、イトセ。お前なんや」

「……は?」


 俺のベッドでくつろいでいたハレルドが、身体を起こして俺を見つめる。


「イトセ。お前なら、例えエマ王女が黒穴の魔術個性を使っても死なないと、エマ王女の一戦目の相手に俺が推薦した。エマ・サティ・ローマンが戦技ヴァジュラで戦うお前は、お前なんや」




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