5-8 腹黒王女は恋に落ちている(エマ王女視点)

 女子寮の最上階に彼女の部屋がある。年頃の少女だというのに、生活感の無い一室。エマは簡素な椅子に座り、机の上に自らが置いた幾つもの小石を見つめている。数が多すぎて盛り上がった小石の山を一つ一つ掴んでは自分の力を確かめる。


「……」


 エマの手に捕まれた小石、それが手を開くと消えている。

 手品じゃない。エマの力だ。


「……」


 静かに、エマは結果を何度も確かめる。

 手の中から物が消えるたびに、声は出さずとも、身体は歓喜に震えていた。


「……これが私の魔術個性ウィッチクラフト


 エマは既に――魔術個性に、目覚めている。

 ずっとこの日を待っていた。

 ローマン王家の魔術個性、黒穴ホウルに目覚める日を待ち続けていた。

 

 エマにとっての転機は八番目の邸宅ナンバーエイトで彼を助け出そうとした時。

 学園に戻って、部屋で身体を休めようとした。身体の汚れを落とした時に、手に取った石鹸が手の中で消えた。あれが初めて力を行使した瞬間だった。


 それからエマは授業を欠席しがちになり、力の習得に努めた。

 命の危機に瀕した際に、力が目覚めることがあるという。だとすれば、やはり転機は八番目の邸宅ナンバーエイトだ。

 


 エマは小石の山を手のひらの中で全て消すと、窓際へ歩いた。締め切ったカーテンを開き、窓を開き、外の風を部屋に取り込んだ。

 その時、どこからか強い視線を感じる。


「また、誰かに見られてる。絶対、あいつね……」


 すぐにエマは召使であるローズを呼び出した。 

 影のように現れたのはローズ、髪の毛をざっくりと短くした彼女はエマの影だ。


「ザザーリスに念押しをして。必ず、戦技ヴァジュラであいつを殺せって」

「……グレイジョイは名家です。エマ様、私は反対です」

「だめよ。やらなければ、こっちがやられる。私はよく知ってるの」


 魔術個性ウィッチクラフトの無い王族として生まれたエマは、やられる前にやってきた。誰にも知られずに、エマの仕業だと悟られないように生きてきた。

 黒穴ホウルという魔術個性に目覚めた自分は、さらに王家の中で疎まれることになるだろう。今までのやり方じゃ、生き残れない。


「ローズ。ローマン王家の仲が良いなんて見かけだけよ。裏では王位継承に向けた戦いでドロドロなんだから。魔術個性の無い私なんて、あの人達にとっては目障りなだけ」


 あのタイウォン・グレイジョイは間違いなく兄妹の誰かから密命を受けている。

 ウェストミンスターで自分を殺せ、と。それは勘みたいなものだが、大きく間違ってはいないとエマは確信していた。


「それよりローズ。私の戦技ヴァジュラ、一戦目の相手は誰?」

「……申し訳ありません、エマ様。ウェストミンスターの情報管理は徹底的です。特に戦技ヴァジュラのこととなると……」

「泣き言は言わないで。やるのよ」

「しかしエマ様……どうやって戦技ヴァジュラを勝ち抜くつもりですか――」

「ふふ、それは秘密。でも私の初戦よ、華々しい戦いにしようと思うの」 

「……」


 恐ろしい笑みを浮かべるエマを前に、ローズは沈黙を貫いた。


 エマ・サティ・ローマンの戦技ヴァジュラ

 一戦目の相手は間もなく開示される。エマには隠し通したが、組織の序列九位ナンバーナイトであるローズは既に調べを終えていた。


「うふふ。誰かしら。私の初めての相手は――」

 

 ローズは作為的な運命を感じていた。

 何故ならエマが待ち受ける一戦目の相手は白い死神スノーホワイト

 あの静かな青年が、今のエマを見たらどう思うのだろうか――ローズは心配でならなかった。勿論、ローズもエマが魔術個性ウィッチクラフトに目覚めたのだろうことは既に組織へ報告をしている。


「このウェストミンスターで……私のことを見くびっていた人たちに教えてあげるのよ」


 力に目覚めたエマが、どちらに転ぶのか。

 少なくとも、ローズはエマが何も変わらないことを祈ることしか出来なかった。



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