5-5 王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい

「オルゴット……他言無用にしてくれ……」


 落ち着かない。

 俺の部屋にハレルドと閣下以外の誰かがやってきたのは初めてのことだ。それもあのウィル・ザザーリス。あいつが心底参ったという表情で、あいつが俺を頼るなんて信じられなかった。


「明かりを消してくれ……俺がお前の部屋に来たことが知られたらまずいことになる……頼む……」


 ウィルに言われるがまま、明かりを消した。

 光が無くなった部屋で、俺は床に座ったままのウィルを見つめる。

 

「俺は今……王女に脅されている……だ、誰にも言わないでくれ……オルゴット……もしも、俺が誰かに喋ったことがあの方にばれたら、俺は終わりだ……」


 お、脅されている? こいつがエマ王女に? 

 だけど想像もつかない。だって、あのエマ王女だぞ? 確かに行動が読めない所があるけど、普段は大人しくてクラスにも馴染んでいる。


「オルゴット……お前の言う通りだ……エマ王女はクラスにも馴染んで、だから俺だって信じられない……発端はあの日だ……郊外で戦技ヴァジュラを行うと決まったあの日……あの日から俺の悪夢が始まったんだ……」


 閣下が唐突に2年生に宣言したんだよな。今の戦技ヴァジュラが生ぬるいとか言い出して……。まあ、確かに一定の効果はあったように思う。あの時と比べて、俺達の顔つきは少しだけ変わったように思う。おっと、いけない。今はウィルだ。こいつがこれだけやつれてしまった原因。


「俺はクラスをどうチーム分けするかで頭を悩ませていた……お前も知っているだろうが……俺の進級用件を……」


 知っている。確かクラスから退学者を5人以上出さないことだったか。


「そうだ……あの日、気晴らしに外に出た……外の空気が吸いたくてな……そのときだ、見たこともない女が話しかけてきた……無表情で従者のような、名前をローズと名乗った……高貴な者の従者だとすぐに分かった……そして、そいつが案内する先にエマ王女がいた……――」


 

 ウィルが語り出したエマ王女の行動は、俺が知っている彼女とはやはり大きく違っていた。昨日、あのグレイジョイ先輩から聞かされた時と同じ。俺は信じられない思いでウィルの話を聞く。出来るだけ口を挟まないように、これまでウィルの身に何が起きたのか。


 少なくとも、エマ王女は俺と同じチームになるためにウィルを脅したことは確かなようだ。


「……エマ王女に言われた通り、俺はお前たちを同じチームとした……実際、冴えた考えにも思えたからな……抵抗はしなかった……お前たちは誰も欠けることなく戦技ヴァジュラを達成した……お前たちのチームは一人少なかった分、他のチームに人材を回すことが出来た……」


 だけど、どうしてエマ王女は俺と同じチームになることを望んだんだ?


「信じがたいことだが……エマ王女は、お前を好いている……」


 絞りだすようにウィルは言う。改めてだけど、人の口から聞くと訳が分からないな。俺はただの男爵貴族で、相手は王族だぞ。


「……だが、別に誰が誰を好いていようとどうでもいい。俺はクラスの恋愛を禁止したが、エマ王女は別だ……あの方の行動を俺がどうにか出来るとも思えない……問題は……次の戦技ヴァジュラで俺とあのタイウォン・グレイジョイが当たることだ……」


 2年生になって上級生と当たるようになったのは俺だけじゃないらしい。だけどウィルならやり方次第で先輩から勝利を奪うことも十分可能だろう。


「違う……! ……俺がわざわざオルゴット! お前の部屋にやってきたのは……そういうことじゃない……! 確かに戦技ヴァジュラで勝利を目指すことはウェストミンスターの生徒として道理だが……オルゴット……貴様、ここまで言ってもまだ分からないのか……!」


 ウィルはぎりぎりと拳を握りしめて、俺を見つめる。暗闇で見つめるウィルの姿、頬はこけて、いつもの威厳は何も感じない。


「エマ王女の婚約者……タイウォン・グレイジョイは王女にとって好ましい人物じゃない……ゆえに、俺の元に……王女から命令がきたのだ! 次の戦技ヴァジュラで……奴を始末しろとな――」




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