5-1  王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい

 ちょうど昼休みの時間帯だった。俺は大股で校舎の中や食堂を探し回った。ごった返す人混みの中できょろきょろと頭を動かして彼女の姿を探す。


「オルゴット! お前、エマ王女に告白していたって本当かよ!」

「男爵家がよくやるなあ。玉の輿にしたって限度があるだろ」


 これまで閣下の依頼には絶対服従の姿勢を貫いてきた。だけど今回、エマ王女を惚れさせろという依頼は異質だった。

 人の気持ちを踏みにじる行い、最初はそれでもいいと思った。

 閣下から直接与えらえた依頼だ、それだけの価値はあると思ったし、実際、エマ王女が本当に閣下の言う通りの才能を持っているなら管理したいという考えも分かる。


 けれど、八番目の邸宅ナンバーエイトでエマ王女は命を呈して俺を助けようとした。エマ王女が俺に向かって大好きと告げたあの瞬間、俺の中で何かが変わった。


「おーい、色男! お前エマ王女にどんな言葉で告白したんだよ!」


 ――雑音には一切、耳を傾けない。だけど、はあ。最悪だ。

 これでもひたむきに戦技に力を入れて頑張ってきたつもりなのに、ウェストミンスター校における俺のイメージがガラガラと音を立てて崩れ去っていた。

 自分の身分をわきまえず、王女に告白した哀れな男。

 それが今の俺、イトセ・オルゴットの立ち位置だ。


「ほんと見る目変わるよねー。私、あの人頑張ってるなーって思ってたのに」

「だよねー。結局、女目当てってことでしょ?」


 でも、相応しいのかもしれない。俺は自分の意思でエマ王女の気持ちを踏みにじってきたんだから。

 息を切らしながら彼女の姿を探す。ウェストミンスター校の敷地は広い。幾つもの校舎が連なり、中には中等部だって存在する。

 お昼時は校舎から外に出てくる学生で溢れていて、俺はやっと見つけた。


 エマ王女はクラスの女子生徒たちとグループを組んで、中庭芝生の上で歓談中。


「エマ王女――!」


 別に俺がこのウェストミンスターでどんな扱いをされたっていい。俺の目的は首席で卒業することのみ、夢を叶えるためには何だってやる。

 それ以外は全部雑音だ。そう思っていた。


「……あ、イトセ君」

「あれ、エマ様。オルゴットさんの呼び方、変わったんですか?」


 中庭にシートを広げて、サンドイッチを頬張っていたエマ王女の友人たち。2年C組のクラスメイトがエマ王女に問いかける。するとエマ王女は目を伏せて。


「えっと……チームで色々あったから……」

「エマ王女、話があります。大事な話です。俺に時間をください」


 それでもエマ王女に『俺はエマ王女のことが大好き』って勘違いされたままじゃいけない。だって彼女は俺のために命を捨てようとした。

 別に俺がそうだってわけじゃないけど、エマ・サティ・ローマンは大事な人のためなら躊躇うことなく、そういうことが出来る人間なんだ。

 

「うん。私もイトセ君に話があるから――大事な話」


 空には太陽、明るい陽射しを遮る雲はどこにもない。

 エマ王女は芝生の上に置かれた靴を流れるような動作で履くと、すくっと立ち上がる。すらりとした背筋、気品ある動作はさすが王族。


 だけど。俺とエマ王女が見つめ合った時に、その声は届けられた。


「――これはこれは! エマ王女殿下、こんな所におられましたか!」

 

 俺の視界の中へ優雅な一礼と共に現れてエマ王女の手を取った男子生徒。その姿を見てエマ王女の表情が固まった。


 エマ王女とは対照的に、王女の傍にいた女子生徒たちは容姿秀麗な長身男子を見て黄色い顔を上げる。


「エマ王女殿下――何故、私の顔を見て固まるのです? もしかすると、もう二度と私と会うことはないと思っておいでで? まさかまさかだ、私と貴方は大事な関係なのですから、そのようなことあり得るわけがないでしょう」


 ウェストミンスター校に復学してから元気を取り戻したと思ったエマ王女はぐらついて、芝生の上に座り込み地面に手をついた。


 エマ王女の顔から表情が消した男、俺は奴を知っていた。


「私と貴方は――婚約者フィアンセなのだから」


 俺が潰したグレイジョイ侯爵の嫡子にして、ウェストミンスター校の3年生。タイウォン・グレイジョイが輝くような笑顔でエマ王女を見つめる。

 同性の俺から見ても爽やかで完璧な笑顔だ。


 だけど王女を見つめる瞳に憎悪の炎が宿っていることを、俺は見逃さなかった。



―――――――――――――――

復讐の男、登場。

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