4-20 仮面のお嬢様Last
ダン・ウェストミンスターは悪い意味で有名人だけど、俺にとってはあの子に匹敵する命の恩人だ。この人のお陰で今の俺が世界に存在していて、全てを失った俺が生きるためにイトセ・オルゴットという新しい名前を与えてくれたのもこの人。
――ある意味で、母親みたいな人なんだ。
もしその命がどこかの誰かに狙われているというなら、俺は自分の命に代えても助けたいと思っている。勿論、この人本人はそんなこと望んじゃいない。
俺がこの人が経営するあの店を通じて、手駒になって働くと言い出した時も最後まで反対していたのはこの人だった。
「イトセ。今はエマ・サティ・ローマンの召使に戻ったローズから伝言だ。とても助かった、ってな。まさかあの子が王女の召使を通じて、エマ王女にあれだけの感情を抱くようになるとは。そっちも驚きだよ」
閣下はけたけたと笑いながら、とても簡潔に教えてくれた。
ローズがエマ王女の召使をやっていたことも、全てが閣下を通じた仕事だった。今はその仕事も解かれているが、ローズ本人の希望もあって復職しているという。
じゃあ、どうしてローズがエマ王女の召使をやっていたのかというと、それは俺が
「エマ王女の周りに、私の息が掛かった人間を送り込む必要があった。あの王女の精神はずっと不安定、そこに誘拐未遂、王女の精神はギリギリだった。内と外で王女の精神を安定させる必要があった。だからこそ、
俺は多分、表情で不満を一杯に示しているだろう。
だけど、閣下の言葉に口を挟むなんてしない。この人は俺なんかが持っている以上の情報を持っているからだ。それに俺が知りたいことは大体、教えてくれる。
「イトセ。喜べ。エマ・サティ・ローマンはお前に惚れ、それは彼女の精神安定に良い影響を与えている。それは今日のことで分かっただろう? あの王女はお前に迷惑を掛けると分かっていながら、お前を繋ぎ止めて置きたかったんだ。待て、そんな顔をするな。分かっている。お前がエマ王女に告白したとかいうアレ、あれは王女の作り話だ」
声を漏らさずに、閣下は笑った。
そっちの件についてはまだ解決していない。というか、エマ王女は何のつもりなんだ? これから俺がどれだけ迷惑するか分かっているのか。今すぐウェストミンスター校の全生徒にあれは冗談だって宣言してほしい。
残念ながら、昼になれば学内全域に広がっているだろう。後一時間もすれば、ハレルドが笑いながら、俺の部屋にノックもせず入ってくるかもしれない。
「可愛いものじゃないか。あの子は手を打つことにしたんだろう。
違う、ここだけは明確に否定しておこう。
「ジナ様は違います。ジナ様から俺への好意はただのポーズです。ああやることで、他の男が近づかないようにしている。俺はただ利用されているだけです」
「考え方は人それぞれだ。ただあの呑気な王女様は間違いなく、ジナ・ユーセイと何らかのやり取りがあって行動を起こした。お前を取られないようにするためにな――」
それだ。意味が分からない。
俺はどうしてエマ王女から好かれているんだ。しかも、閣下の命令を受けたローズがそのように誘導していた節があるし。
「理由を知りたいか?」
勿論だ。というか俺には権利があるだろう。
俺は正座しながら、強く頷いた。
「その前にイトセ。
閣下は有能な部下には気前がいい。俺よりも序列が低い手駒の話だが、難度の高い依頼を達成した時は特別の報酬として一等地にある新築の家をプレゼントしたこともあるという。俺は少しだけ頭の中で悩み、言葉にした。
今は何よりもそれが知りたかった。
「……エマ王女は何者ですか?」
「そっちか。今のお前なら過去に出会ったあの子のことを聞き出すと思っていたんだけどな。気になってはいるんだろう?」
「勿論、気になります。だけど今の俺はエマ王女の正体のほうが重要だ」
確かにあの子の所在とか、ウェストミンスターで首席になるって夢はまだ諦めちゃいないとか、気になっていないと言えばウソになる。
だけどエマ王女が何者なのか。序列一桁になってから、閣下が俺にやらせた依頼はエマ王女に関係するもので、さっきの閣下の言葉もある。
エマ王女の精神安定のために、
幾ら閣下の手駒が大勢いるとはいっても、ローズや俺みたいな力を持つ者は多くは無い。閣下は貴重な資源を、エマ王女に費やしているわけだ。
「閣下――エマ・サティ・ローマンは何者ですか」
「……エマ王女は
「はい」
それがエマ王女が自信のない理由だ。ローマン王族に生まれながら、強大な魔術個性を持たない落ちこぼれ。それが彼女が自分自身に下している評価。
だけど最近は違う。彼女はウェストミンスターに復学して、魔術個性を持たないなりに抗おうとしている。
「しかしな、私の考えは彼女の考えとは異なる。私は――」
そこで閣下は一息挟む。
俺の机からもう一つのクルミを手にって口に運び、ばきりと砕いた。
「エマ・サティ・ローマンの
ローマン王族が持つ特別な魔術個性、
「全ては可能性だ。まだ学生であるお前やローズにエマ王女と接触させた理由は、いつか来るかもしれない可能性に備えるためだ」
たった一人で、国を落とせるぐらいの大規模破壊を目的とした魔術個性。
嘗てローマンの一族がこの国を作り出す礎とした大いなる力であり、血の継承と共に力は薄れているとされている。
「お前たちはエマ王女と年齢が近い。ローズは友として、お前は恋人として――」
「……」
エマ王女の魔術個性もそうだし、あのローズが学生? だけど、ウェストミンスターにはローズはいない。ということは別の学校の学生ってことか?
俺が余りの事実に固まっていると、閣下はさらなる爆弾を投下した。
「イトセ。
「次は、偽りの恋人になれって? お断りですよ、閣下」
序列が上がれば、可能になることがある。
序列最上位は閣下の依頼に対して受けるか、受けないか取捨選択するも可能だという。
確かに俺は閣下によって命を救われた。
目の前にいる愛らしいこの人は俺の命の恩人だ。それでも俺には出来ない。
「――これから、俺はエマ王女へ会いに行きます。あの人の誤解を解くために」
余程、俺の言葉が驚きだったのだろう。閣下はずっと尻尾を振る飼い犬にひどく手を噛まれたかのように、まるで幽霊を見ているかのように俺を見上げる。
――もしかしたら。これは初めての反抗期なのかもしれないな。
5.1『王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい』に続く
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