4-19 仮面の王女様
俺のクラスで唐突にウィルから告げられた恋愛禁止宣言。あいつは確かにクラスの権力者の一人だけど、本気で受け取っている生徒はいないようだった。
どうしてあいつの進級に俺が貢献しないといけないのか。
それよりも俺が気にしているのはあれだ。ウィルによってクラス中に暴露されたエマ王女に告白したとかいうあれ。
嘘八百。事実なんてどこにもない。今すぐにでもエマ王女をどこかの空き教室に連れ込んで、どういうことなのか聞き出したかった。さっき一瞬、俺の顔色を見て申し訳なさそうな表情をしたこと、俺は忘れていないぞ。
ウィルの暴露、嘘でしかないがすぐにウェストミンスターに広まるだろう。
自慢じゃないが、俺はここで有名人だ。二年生に進級した
だけど、ウィルは神経質でもある。確証のない事実をクラスメイトの前で暴露するとは思えない。もし偽情報だった場合、あいつへの信頼は地に落ちるからな。
ああ見えて、ウィルは周りからの評価を誰よりも気にしている小心者だ。
朝のホームルームが終わり、授業が始まってすぐのことだった。
足元で俺の靴がつんつんされる感触。何だと思ったら一匹の小動物。クルミを持ったリスが足元から俺を見上げていた。
授業が終わったら、職員室に駆け込んだ。エマ王女が何か言いたげだったけど、それよりも大事なことだった。
「すみません、体調が悪くて……」
「おう。オルゴット、ゆっくり休め。お前らのチームに対しては、あの外見詐欺の学長様が用意した
その日は体調が悪いことにして、午前の授業は全欠席に。
職員室で何らかの草を詰めたパイプを軽薄そうな顔で吐き出していた俺たちのクラス担任は何も言わず、俺の仮病を受け入れてくれた。
エマ王女に俺が告白したって話、一体どういうことなのか尋問もしたい。
だけど、彼女との予定は俺にとって何よりも優先される。
部屋に戻ると、ベッドの端に座ってそれを待つ。
閣下の来訪はいつだって突然だ。そもそも猛烈に忙しい人なのだ。このウェストミンスターの困った超有名人。ローマンという国で見れば、エマ王女よりも有名だ。ウェストミンスター校での俺と同じように、悪い意味でだけど。
部屋の鍵を閉めた。大半の生徒は授業で出払っているし、そもそもあの扉から俺の部屋にやってこようなんて奴はハレルド以外心当たりがないけれど。
そして来た。珍しすぎる
「ちち! ちちち、ちち!」
窓を開けると、素早く動く茶色いふわふわと丸い生き物。
そいつはいつものように俺の部屋に侵入する。俺は窓を閉めて、外から室内が見えないようにブラインドを落とした。
侵入者の正体は、さっきの授業中俺の足をつついていた愛くるしいリス。
俺が目を瞑っている間に、本来の姿を取り戻した。
「久しいな。元気にしていたか、イトセ」
ベッドに腰掛けているのは、麗しのダン・ウェストミンスター。
寒くはない筈だが厚手の茶色の外套を羽織り、キリっとした顔で俺を見つめている。だけど、サイズ感が問題だ。何て言うか、全体的に小さいのだ。
深い青藍色の髪の毛は腰まで届き、まるで青い太陽のように煌めく両目。
形のいい頭が小さい身体の上にちょこんと乗っていて、その姿はウェストミンスターの学生と言っても通用するだろう。
「閣下。疲れが顔に出ていますよ」
化粧で隠しているようだけど、目の下にはクマが出来ていた。
「止めろ、イトセ。変なところを見るんじゃない……お前は目が良すぎるから、これでも慣れない化粧をしているんだ」
これが大きな組織のボスって言うんだから、世界はどこまで愉快なんだろう。
表の顔は奇天烈な行動を起こし続ける名門ウェストミンスター家の面汚し。名誉職としてウェストミンスター校の学長を押し付けられ、生徒からも厄介者扱いされている。
「閣下は忙しいから、もう俺のことなんか忘れているのかと思っていました」
「……そういう嫌味な言い方をするんじゃない、悪かったよ。本当はもっと早く時間を作る予定だったんだ」
「いいえ、大丈夫です。閣下の忙しさはよく知っていますから」
だけど裏の顔は有能な部下を多数所有し、世界中で行われている荒事に首を突っ込み、平和的解決、もしくは武力を持って鎮圧しているという。有能な平民達は閣下に忠誠を誓い、少しでも閣下の信頼を得ようとしのぎを削っているという。
「さて。私に聞きたいことが沢山あるだろうが、まずは一つ目だ」
俺が知る閣下の部下、中年の平民連中は口を揃えて、閣下、つまりダン・ウェストミンスターには逆らうなと言っていた。そんな閣下は口に運んでクルミをバキリと物騒な音を立ててかみ砕きながら。
「おめでとう。私の可愛い
そう言ってキリっとした眉根を緩め、少しだけ閣下は嬉しそうに笑った。
次話 4-20 仮面のお嬢様ラストに続く
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※一話挟みました(閣下の設定、変更してます。本文修正済。男→女)。次が4章のラスト。
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