4-18 仮面のお嬢様

 あの忙しいウェストミンスター学長が俺達の教室に現れて、校外学習型の戦技ヴァジュラが始まった。そして見事、ウェストミンスターに帰還した俺達2年生には数日の休暇が与えられた。上級生から肩を叩かれていたり、入学したばかりの下級生に威張る同級生の姿を何十人も見かけたよ。

 外部の人間を相手にした戦技は同級生たちの自信を大いに高めたらしい。


「まだ一月だ! もう二人の退学者が出た! 噂で聞いているだろうが、グルズとソーシャの二人は遠征先でチームから逃げ出したとのことだ。オルゴット、お前も知っているだろうが――」


 ――知らねえよ。


 数日与えられたお休みの後、俺がこうしてクラスメイトと顔を合わせたのは初めてなんだ。俺を除く他の奴等は寮で集まったりして情報交換をしていたようだが、俺の元には情報が集まってこない。何せ底辺だからな。

 お休みの間、言葉を交わしたのは同じ底辺のハレルドぐらいだ。


 そして今日、教壇で偉そうに口火を切ったのがウィル・ザザーリス。長身で尊大な態度が有名な嫌われ者。

 公爵家出身で俺たちみたいな貴族としての格が低い生徒に滅法厳しいあいつ。あいつが3年生に上がるためには、この2年C組から退学者を5人以上出さないことが必要らしい。だからあいつ、あれだけ気が立ってるのか。

 ちなみにこのクラスの在籍人数は40人である。


「オルゴット! ジナから話は聞いた、お前たちのチームには傭兵団が相手だったそうだな。よく二人を守り切った。お前に二人を託した俺の見る目が如何に素晴らしいということだが」


「……」


 俺は褒められているのか? 全然、嬉しくないぞ。

 八番目の邸宅ナンバーエイトで何があったかはジナ様の口の軽さによって既に共有されているらしい。斜め前に座っているジナ様がこっちを見て可愛らしくウィンク。……あの人もあの人だよな。ああやって偽りの弱いジナ様を演じているんだから。

 勿論、本人に問い質したりはしないぞ。魔眼持ちですよね、なんてさ。それはトラの尻尾を思いきり踏みつけるような行為だ。断じて遠慮したい。


「お前に二人を託した俺の見る目が正しかったということだが……」


 ウィルは何故か俺を、次にエマ王女を見てごほんと咳払いをした。

 傭兵団との戦いだけなら楽勝だったのだが、序列八位ナンバーエイトとエマ王女の暴走があってヒヤリとしかけたんだよ。


「お前はテストの点は壊滅的に悪いが、戦技ヴァジュラだけは飛びぬけている。男爵家ヴァロンにも使い道はあるというわけだ。さて、オルゴット。俺は今、危機意識を持っている。このままでは2年C組は数か月も立たない内に5人以上の退学者が出るのではないかとな――このままでは俺は、3年生に進級出来ない」


 やっぱり、完全にあいつの都合だった。


「何故、俺の進級に他人の成績が関わるのか全くもって理解出来ないが、これは俺がこのクラスを纏め上げるように、とのウェストミンスター校からの期待の現われだと考えている。少なくとも今回、オルゴット。貴様はよくやった。退学処分になった伯爵家コミスはこのウェストミンスター校にいながら――」


 何様だ、あいつ。朝のホームルームの時間は決まって、2年C組を担当している教師から連絡事項があるんだが……今回、ウィルの独壇場で教師の姿もない。

 一応、許可は盛らっているってことか。


「――恋愛にうつつを抜かしていたと聞いている。この学校は己が持つ力を高めるべき四大校の一つ、力のウェストミンスター校だ。学長も外部の人間と行う戦技ヴァジュラを通じて初心を思い出せと言いたかったのだろう。グルズとソーシャめ、戦場から逃げ出すなんて、誇りあるウェストミンスターのあるまじき振る舞いだ」


 その後もウィルによるご高説が続いた。俺はあいつの言葉を右の耳から左に聞き流し、ローズのことを考えていた。あれからローズからの接触はない。

 エマ王女にはローズとの関係がどうなったのか一度、聞きたいところだ。まだあいつはエマ王女の召使をやっているのだろうか。


 しかし恋愛、か。少なくとも俺には馴染みのない言葉だ。


「――オルゴット、お前に注意しておく。お前は立場の差を弁えずエマ王女に告白したらしいが身分不相応というものだ。これはオルゴットに限った話ではないぞ」

「……は?」


 名前が呼ばれたと思ったら、全身から鳥肌がぞくぞく立った、俺が誰に告白しただって? ……記憶にはないぞ。何の話だ? 何を言っている?


「それにエマ王女は復学したばかり、まだウェストミンスターの生活に慣れてもいない中、有象無象に振り回されるなど合ってはならん。だから俺はここ数日苦心して、どうすればこのクラスからこれ以上の退学者を出さないようにするか知恵を絞った。そして思いついたわけだ」


 残念ながらウィル、今や誰もアイツの話なんか聞いていない。

 クラスの視線が俺に全集中していた。これでも俺は真面目な男爵家ヴァロンで通っているんだ。それがエマ王女に影で告白したとあっては、俺のイメージが崩壊する。冗談だろ? 嘘でしょ? とか口々に囁かれる。


 いやいや、イメージとかどうでもいい。事実無根なんだ。こうなったらエマ王女からも何とか言ってもらわないと。だけど横に座る当事者は俺をちらりと見て――。


「――2年C組の生徒は恋愛禁止とする。いいか? 異性交遊に浮かれている暇があったら各自の進級用件を満たせ! 以上だ」

 

 エマ王女は申し訳なさそうに肩をすくめた――あんたが、犯人か!



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