4-17 仮面のお嬢様

「無礼者が――エマ様に、手を出すなッ」


 威力が問題だった。それは周りを巻き込む力だ。ハンジョウを滅ぼし、傍にいるエマ王女さえも巻き込む諸刃の力。ローズだって分かっていないわけがない。

 感情に任せた怒りの力。

 それだけエマ王女のことをあいつが大事に思っているのだろう。


 だけど序列八位ナンバーエイトの怒りはハチゴウ傭兵団の団長によって止められた。


「新入り。やはり紛れていたか――」


 ハチゴウがハンジョウを守るように割り込んだからだ。初めて見るハチゴウの魔術個性ウィッチクラフト、あいつは恐れることなくローズの斬撃に手を向ける。空間が捻じ曲がったようにも見え、ローズの力は大きく上に逸らされた。室内から四階の廊下に向けて放たれた力は、うねりながら天井を貫いた。

 五階を超えて屋上までをぶち破る、一面大きな青空が見えた。


「躊躇うな、ハンジョウ! ローマン殺しだ、俺たちは――」


 ハチゴウの魔術個性――反転アラウンド。攻撃よりも防御に特化した守護の力。ローズの攻撃はハンジョウには届かなかった。けれど、ハンジョウの動きは一瞬止まった。空から差し込む眩しい光が、アイツ目掛けて降り注いでいたからだ。


「――俺たちは、傭兵の英雄になれるぞ!」


「オルゴット様、エマ様をお願いしますっ!」


 それはローズの声だ。彼女は仮面プリンスのお嬢様として、俺の元にやってきた時のように呼び掛けてくる。当然、既に俺は動き出していた。

 一秒が数十秒にも引き戻されているこの感覚、今の俺は全感覚ゾーンに入っている。粉塵の揺らぎさえも見えているが、まだ足りない。


「――い、いかせねえぞッ!」


 ハンジョウの目の前、俺の行く手を阻もうとする者の数は三人。いずれもハチゴウの命令を受けて動いている。全員を最短で倒したも間に合わない。

 エマ王女を救い出すためには、この三人に時間を掛けられない。


「オルゴット様!」


 勿論、ローズの言いたいことは分かっている。俺のやるべきこと、彼女の思いも全てだ。

 考えろ、何かないか。考え抜け、それが俺が持つ強さの全てだろう。

 だけど、俺の無能さをあざ笑うみたいに妙案が何も浮かんでこない。

 詰みだ。エマ王女は救えない。俺が彼女を救い出すよりも早くハンジョウの攻撃が届いてしまう。最悪の事態、幾らウェストミンスター校の戦技ヴァジュラといえど、王族の命が散ってしまえばどうなるのか。その時だった。


 ――え。

 俺の前にいる一人の男が倒れた。何の予備動作もなく、目を回している。俺は何もしていない、ローズも同じだ。また一人、そして最後の一人も。

 俺の行く手を邪魔していた三人は意識を失って、倒れこんだ。


「グリーン、ライト、ドロップ――何が起きた、どうなっている!」


 ハチゴウがそう叫ぶのも無理はない。今のは不自然で、何よりも可笑しかった。

 三人は――まるで何かに魅入られたように意識を失った。今のはアヤが持つ魔術個性ウィッチクラフトの効果と似ている。つまり魔眼の効果。

 だけど魔眼は目の前で目を合わせることで発動する力。

 あいつらの視線の先には――誰もいない。あいつらは今、どこを見ていた?

 

「オルゴット様、ハチゴウは私が――! オルゴット様は――エマ様を――!」


 この四階には魔眼持ちの人間なんて一人もいない。

 大きく穴が開いた天井の上へ視界をやるが、人の姿はどこにもない。

 ん? 俺の目の前に何かが落ちてきた。光の反射かと思ったが、今の俺は全感覚ゾーンに入っている。だから分かった。分かってしまった。


 一瞬のことだった。上の階から落ちてきたのだろう物がひらひらと目の前を通り過ぎて床に落ち、俺はハンジョウの刃がエマ王女に届く前にその場を制圧した。

 

 ●


「……」


 あの場で拾った栗色の髪の毛を大事に保管していた。

 今、この瞬間。

 目の前ですやすやと眠りこけるジナ様の髪の毛と見比べるために。


「……」


 はあ、やはりな。それはもう同一だった。間違いであってくれとも思ったけど、あの時、五階の廊下にいたのはこの人だ。弱者を装い、傍観者であり続けたジナ様が何らかの力で傭兵三人を無力化してくれたんだ。


 理由は分からない。だけど、俺の前に立ち塞がった傭兵三人はあの時俺じゃなくて、上を見ていた。そして意識を失った。効果は異なるが、恐らくアヤと同じタイプの魔眼だ。であるなら、ジナ様は魔術個性を二つ持っていることになる――。


 物体操作と魔眼。それは、八番目の邸宅ナンバーエイトで俺と救い出してくれたあの子と同じ。


「……まさかな」


 頭に浮かんだ考えを即座に打ち消した。

 ジナ様があの子? 絶対に違う。それだけはあり得ない。

 ジナ様はユーセイ公爵家で生まれ、ユーセイ公爵家における唯一の直系として育てられた跡取りだなのだから。それにあの子とジナ様は何もかもが異なっている。

 

 窓を開き、外へジナ様の髪の毛を飛ばすと、俺も二人のように瞼を閉じた。 



 

 ――ウェストミンスター校に帰還すると数日の休みが与えられた。


 俺はゆっくりと休養に取り、久しぶりの登校日を迎える。噂では聞こえていたが二年生のクラス全てから退学者が出たらしい。


 閣下が直々に企画した戦技だ。相当厳しいものになると思っていたが、困難な状況に追い込まれたのは俺達のチームだけじゃなかったらしい。


「二年生に進級してまだ一か月だ。だというのに、前回の戦技ヴァジュラを通じてこのクラスから二名の退学者が出た。由々しき事態だと俺は考える――! 男爵家ヴァロン、お前はどう考える!」


 俺たち二年C組、朝のホームルームの時間。

 嫌味なウィル・ザザーリスが教壇に立ち、ぐるっと席を見渡しながら言う。


「オルゴット! お前、他人ごとか!? クラスから二人も退学者が出たのだぞ! お前にはクラスの一員としての自覚がないのか――!?」


 そして何故か指名された俺は頭が真っ白になった――え、何で俺?




―――――――――――――――

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