4-15 腹黒王女は恋に落ちている(エマ王女視点)
エマだって馬鹿じゃない。
頭の中の冷たい部分では、安全な避難地点から外に出て戦いの場である八番目の邸宅に戻ることがどれだけ愚かな行いであるかは分かっていた。
「……離しなさいって! この身はローマンの王族よ!」
「暴れるな! 本当にローマンの王族なら悪い目には合わない筈だ!」
今の自分が、八番目の邸宅で彼の役に立てるわけがない。
それでもエマは動かずにはいられなかった。何故なら、彼女は彼のことが大好きなのだから。至極、単純に。それだけの理由で彼女は動いたのだ。
エマの恋愛経験がそれだけ少ないともいえる。
「手を引くなら今の内よ!? ローマン軍の強さは、知ってるでしょッ!」
「見た目の割りに気の強い自称、王女様だな……静かに歩け!」
普段なら絶対に自分の身分を軽々しく喋ったりはしない。それはエマが王族として生きる上でのポリシーであり、王族としての務めでもあった。
恐ろしい魔術個性を持つローマンの王族、それは時に民からも恐れられる。
「また逃げられたら厄介だ。俺が代わる」
「い、痛いっ!」
すぐに両腕を拘束され、身の自由を奪われた。
護身術を習っていたけれど、数の暴力には勝てないということだ。分かっていながらも、彼女は行動せざるを得なかった。
ジナに対して大見栄を切った手前、何としてでも彼の助けになる。
そんな使命感すらあった。イトセ・オルゴットからすれば大迷惑な話だが。
「イトセ君はどこにいるの!?」
「すぐに会える! やかましい王族だな! この先だ!」
結果から言えば、最悪の行動だったのだろう。
連れて行かれた先、階段を幾つも登って、大勢の男たちが集まる廊下の先でそれは起きた。壁が不意に崩れたのだ。部屋の奥からは、エマを見て血の気を変えた彼の姿が見えた。
賢い彼女はやっぱり誰が何と言おうと自分が最悪の行動をとってしまったのだと理解する。いつも冷静な彼の顔、血の気が引いていた。
あの子が言う通り――彼に嫌われてしまうかもしれない。
「だから、本物だって言ってるじゃない! ていうか、離して! 離さないなら、
だから口にした。ローマンの
しかし、それがさらに最悪の事態を引き起こす。
最悪の上にも、最悪があるんだと彼女は知った。
「――ハンジョウ! 殺せ!」
指揮官らしき男の慌てぶりを見て、エマは自分の失敗を悟った。
「その女を殺せえええええええええええ!」
だけど、嘘なのだ。ローマン王族の
「ごめん――大好き」
彼の姿を目に焼き付けて、エマは目を閉じた。
死後の世界なんて信じてはいないけど痛いのは嫌。だから、痛みがないように一瞬がいい。
死ぬ直前には走馬灯が見えると聞いたことがある。だけど、頭の中には何も流れなかった。思い浮かぶものは今見たばかりの彼の姿だ。
ウェストミンスター校で同級生から幾らどやされても顔色一つ変えなかった彼、いつも冷静な彼が自分を見て驚いていた。
頭の中では永遠とも思える時間が流れて、後ろ手に拘束されていた両腕が自由になる。
「…………こんなバカ、見たことがない」
それは何に対しての言葉だったんだろう。エマが彼と同じチームになるために、同級生に強気なお願いをしたことか。危険を顧みみずに避難場所を出たことか。
それとも傭兵連中を嘘の言葉で脅したことか。それとも、全てか。
だからエマは目を閉じたまま、確認する。
「馬鹿って……私のこと?」
「他に誰がいるんだよ……
「……」
怒られる気がして、目を開ける勇気は無かった。
それでもエマは自分が助かったのだと理解した、身体から力が抜ける。エマはその場にペタンと座り込んだ。
次第に喧噪が戻ってくる。彼の声とは別にいつもの声が聞こえた。阿鼻叫喚だ、恐る恐るエマは目を開ける。そこには傭兵連中を下の階へと追い立てる誰かの後ろ姿。逃げ惑う中にはエマを殺そうとした男の姿もあった。
「……ローズ? ローズなの?」
休暇を与えた召使がこの場にいるわけがない。それに後ろ姿がいつとも異なる。
「ローズ……イメチェン、したの?」
長かった髪の毛をばっさりと切ってショートヘアーに。元々中世的な子だったけれど、今は女の子にも男の子にも見えた。エマの召使は、バツが悪そうにエマと視線が合うことを避けながら言った。
「エマ様を守るために、傭兵団に入る必要がありましたから」
澄ました顔で、エマが個人的に雇っている召使のローズは答える。
「はあ……そういうことにしておいてやる」
すぐそこでは、何かを言いたげな彼がいた。そういえばこの二人、依頼を通じて顔なじみであったことをようやくエマは思い出した。二人が協力して自分を助け出してくれたのだと一人納得するエマであったが、事実は大きく異なるのであった。
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