4-14 仮面のお嬢様

 エマ王女はジナ様と安全な場所に隠れている。だからこそ俺は守るべき二人を抱えることなく奴等を相手に出来た。


「寄ってたかって、こんなのずるいわ! 貴方たちには恥がないの!?」

 

「ナンバーワン、ハチゴウ様! 俺、見たことがあります! この女、本物です、本物のローマン王族です!」


 余りの事態に足が止まる。だけど、俺だけじゃない。

 ローズもだ。ローズの動きが止まっている。その顔にはありありと困惑が滲んでいた。だらりと小刀を持つ右腕が下がり、ローズの全身から戦闘継続の意思が消えた。目に見えて動揺している。


「ローマンと言う国が貴方たちを許さないわ! 私が言えばすぐに軍だって動く、嘘じゃないわよ――ッ!」


「ローマン出身の俺が見間違えるわけがない! 本物のエマ・サティ・ローマンです――!」


 俺とローズの時間は止まっていた。その間にも事態は進む。

 それが、命取りだった。


「だから、本物だって言ってるじゃない! ていうか、離して! 離さないなら、魔術個性ウィッチクラフト使うわよ――! 知ってるでしょ、ローマンの黒穴ホウル――!


 ローズは完全な無防備だ。今なら簡単に仕留めれる。なのに俺も動けなかった。エマ王女がそこにいる。どうして捕まっているのか。だけど、あの声は本物だ。俺が聞き間違うわけがない。魔法の糸を解除して、今すぐにでも助けにいかなくては。


「……ッ」


 ローズが動いた。俺に向けていた斬撃を、何度も何度も壁に向ける。魔法の糸が解除された今、ローズの斬撃は威力を失うことがない。すぐに壁が崩れ、廊下が丸見えに。そこには偽物じゃない、本物のエマ王女がいた。両腕を後ろ手に拘束されている。彼女は俺を見て、顔を輝かせた。「イトセ君! 無事だった!?」よく、そんな言葉が言える。


 君は状況が見えていないのか。これは遊びじゃない、遊びじゃないんだ。だけど、エマ王女はすぐに申し訳なさそうに顔を曇らせた。「ごめんなさい、イトセ君! 居ても立ってもいられなくて――! 今度は――私が!」


 分かってる。君は純粋に、戦技ヴァジュラを抜きにして、俺を心配してくれたんだろ。


 君は初めからチームであることに拘っていた。


 最初から俺が一人で戦うことに反対していた。二人を避難させた時も、ジナ様とは違ってエマ王女は最後まで不満を隠さなかった。

 あの子は俺に気持ちを持っている。だから、その気持ちもよく理解出来た。


「今度は! 私が助ける番だって――!」


 だって、もし俺とエマの立場が反対で。

 エマが初恋のあの子なら俺も同じ行動を取るだろうから。


「投降するッ! 俺はどうなってもいい、彼女には何もするな――!」


 自然と声が出た。

 服の中に仕込ませていた暗器全てを床に落とし、降参を表明。どうしてそんな行動に出たのか、自分にも分からなかった。奴等をここまで虚仮こけにした俺に対して、奴らがどのような手段に出るか分かっていなかったわけじゃない。


「――ハンジョウ! 殺せ!」


 それに俺は知っていた。

 戦闘強国ローマンの王族、その力が世界でどのように広まっているか。


「その女を殺せえええええええええええ!」

「いいのかハチゴウ!? ローマンの王族だぞ!」


 初めて聞くハチゴウの焦った声。いつも余裕さをひけらかし、部下へ冷静な指示を飛ばしていたハチゴウ傭兵団の団長。そんなハチゴウが、この八番目の邸宅ナンバーエイト全てに届くんじゃないかという程の大声で、命令を飛ばした。


「――馬鹿野郎ッ! ローマン王族の魔術個性ウィッチクラフト、知らないわけじゃねえだろ! 黒穴ホウルを使われると、俺たちは終わりだッ!」


 ハンジョウの戦術個性ウィッチクラフト――肉食獣ビースト

 ハンジョウが――魔術個性を持たないエマ王女に向けて動き出す。


「あのウェストミンスターに入学したのが運の尽きだったな……王女」

「――やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 俺の目は全てを捉えている。この時ばかりは自分の魔術個性ウィッチクラフトを恨むしかなった。今からハンジョウが何をして、その結果、エマ王女がどうなるか。


 全てが見えてしまう。見えてしまうから、何も考えず駆け出していた。


ゾア――獣の如きビースト

 

「ごめん――大好き」


 最後の瞬間、彼女は確かに俺に向けて笑いかけた気がした。




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