4-12 仮面のお嬢様

「若いってのはいいなあ、ハンジョウ。眠らずに戦えるなんて羨ましい」

「ハチゴウ。遊び過ぎだ、もう夜が明ける! ローマンの王軍に嗅ぎつけられたら、俺たちも終わりだぞ!」


 ――長い、長すぎる。ぴりっとした時間はまだ続いている。

 想定以上の時間がかかっている。全てはあいつらがそういう戦いにシフトしたからだ。ハチゴウ傭兵団を仕切る男。俺よりも一回り年齢が高いハチゴウと呼ばれる男の登場に奴等の動きが見違えるぐらい変わった。あれがカリスマってやつか。


「どちらにせよ、ハンジョウ。これだけやったら、もう八番目の邸宅ナンバーエイトは俺達の拠点としては使えない。あーあ、終わりだ。王領を荒らしたら、俺達も賞金首だ。ローマンは稼げる国だったんだけどなあ。おい新入り、今だ――右斜め上、やれ」

ワン――飛び立つ太刀スプラッシュ


 見えない斬撃が壁や天井を貫いて、射線上にいるものを吹き飛ばす。あれだ、あの力のせいで奴等に近づけない。

 戦いが長引いている理由は序列8位の存在が大きい。


 ――はあ。疲れた。

 俺は八番目の邸宅ナンバーエイトの中で隠れ続け、機会を狙っている。なのにハチゴウの異常な勘の良さ、あいつ。俺の居場所がどうして分かるんだよ。

 

「おーい、ウェストミンスターの学生。いつまで鬼ごっこを続けるんだ、もう逃げ場はないぞ。ほら、そこら中に空いた穴からお前の姿――ハンジョウ、上の階だ」

「おう」


 ハチゴウの存在によってバラバラだったハチゴウ傭兵団は息を吹き返し、奴等の役割が明確になった。時間を掛けて確実に俺の体力を削る。そういう戦い方に。

 ハチゴウは気付いた。俺がハチゴウ傭兵団の面々を殺すつもりがないことに。時間を掛ければ、気絶させた奴等もゾクゾクと復活する。

 

「しかしハンジョウ。どこで、こんな新入りを拾ってきた?」

「数日前だ、ハチゴウ。傭兵団を転々としているらしい」

「……ふうん。まあ、いい。腕利きは歓迎だ。それより新入り、お前。自分で髪の毛を切ったか? 下手くそだな。お、睨むなって。冗談、冗談」


 奴らはハチゴウ傭兵団の新入り――ローズの有用性に気付いた。

 基本的に俺とやりあうのはハチゴウ傭兵団でもなく、新入りのローズただ一人。つまり序列八位ナンバーエイト、骨が折れる。


 世界に散らばる閣下の手駒。序列が高い程、有能で、それはつまり何があっても対応出来る強さを備えているということ。


「なあ、まだ見つからないのか。一緒にいたウェストミンスターの子供二人は」

「すみません、ナンバーワン! この八番目の邸宅ナンバーエイト、広すぎなんです!」

「知ってるよ」


 奴らは俺が隠れている4階にやってくる。足音が近づいてくる。この八番目の邸宅ナンバーエイトは幾つもの副館と渡り廊下で繋がっている。とてつもない広さ。本館である八番目の邸宅ナンバーエイト、5階建てのここだけでも部屋数は100以上。


「隠れているってことは、力がないってことだ。見つければ、人質にでもしてやろう。ウェストミンスターの学生ってことは、相当な貴族。使い道は幾らでもある。ウェストミンスターなら最悪でも伯爵家コミス。ローマンの伯爵家コミスだ。他の国じゃあ、大貴族に匹敵するぞ」

「……ハチゴウ、それほどか?」

「それほどだ。おい、ハンジョウ。後、新入り。お前たち二人に二十人ぐらい。俺についてこい。ネズミが近い、鬼ごっこは終わりだ。狩るぞ」


 気になるのは、あの二人が最後まで大人しくしてくれるかってことだ。

 エマ王女とジナ様が一番取っちゃいけない行動は、俺を心配して避難場所から出てくること。二人が人質にでもされれば最悪だ。


 まあ、そこまで馬鹿じゃないだろうけど。

 どこにいたって、俺と奴等の戦闘音は聞こえているはずだ。




「よう、ウェストミンスターの学生。鬼ごっこは終わりか?」


 扉が蹴飛ばされ、ぞろぞろと奴らが現れる。

 ハチゴウ傭兵団のボス、ハチゴウ。

 脱色したボサボサ髪、両手を外套のポケットに手を入れ、俺を見つけたのが嬉しいのか親し気に笑いかけるが、本心じゃないだろう。


「……何かこの部屋、変だな。ハンジョウ、入るなよ」


 だけど、ハチゴウはそれ以上近づいてくることはない。

 俺を警戒している。敵ながら、その動きは大正解。入ってくれば、身体が切れる。


サニ――蜘蛛の巣スパイダア


「……お、おいおいおいおい! ハンジョウ! 見ろよ、あれ!」


 部屋の中には、俺の力を張り巡らせている――来るなら、来い。

 これは戦技ヴァジュラ。別にハチゴウ傭兵団を倒す必要はない。朝が来て、時間になれば戦技ヴァジュラは終了。だけど、それだけじゃ足りないよな。


「2つだ! あのウェストミンスター野郎!」


 俺の目的はもう一つ。


 ハチゴウ傭兵団の新入り、新しい仕事を始めたらしい仮面ペルソナのお嬢様。


魔術個性ウィッチクラフトを2つなんて中々、お目に掛かれねえぜ!」


 彼女に敗北を認めさせることで、俺はもう一つ高みへ登れるんだ。




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