4-11 腹黒王女は恋に落ちている(エマ王女視点)

「……長すぎる! 幾ら何でも可笑しいわよ……!」


 暗闇の中でエマは気が気では無かった。

 彼と離れてから、時間が経過し過ぎている。あれから何時間が経過したのか。最初は暗闇に潜む虫や水滴の落ちる音が気になっていたが、今はもう気にならない。


「ジナちゃん、上の様子を見に行きましょう! ほら、起きて……!」

「……」


 イトセ・オルゴットが八番目の邸宅ナンバーエイトで二人の避難場所に選んだ地点は片手では収まらない。その中でエマとジナが選んだ場所は書庫の床に用意された秘密階段だった。二人は力を合わせて本が積まれた書棚を動かし、地下へと続く細い階段を見つけ出した。どうして彼がここまで八番目の邸宅ナンバーエイトの構造に詳しいのか、そんな疑問が一瞬エマの頭に浮かんだが長続きはしなかった。

 


 地下はお世辞にも快適とは言えなかった。

 エマが両手を伸ばせば、それだけで部屋の中は一杯になる。大人が隠れようとしても4、5人が限界だろう。足元や冷たい床には地上へと続いているのだろう空気の通り道や、使用用途も分からない配管が壁の向こうへ続いていた。


「……あれから何時間立ったの! もう三日目の朝になるっていうのよ!」


 逃げ込んだ先に痺れを切らしたのは、エマだった。

 元々、彼の考えに賛同出来なかったということも理由の一つ。


 だけど一番は、彼と別れてから――そろそろ丸一日が経過する。


「ふわあ。エマちゃん、お腹が空いたの? だったら私の分をあげるよ?」

「……貴方、よくこの状況で眠れるわね! 上でイトセ君が戦ってるのに!」


 途中で二度の仮眠を取った。

 寝そべるだけの広さも無いし、座り込んでの仮眠だ。とてもじゃないが疲労の回復は見込めない、それでもエマには出来ることは何も無かった。


 何度も上に様子を確認しにいこうとしたのだけど、上からは大きな物音が断続的に発生していた。その度にエマの勇気は鈍ってしまう。


 八番目の邸宅ナンバーエイトの中で、激しい戦いが起きている。その事実はもう、疑うべくもない。


「エマちゃん。途中でイトセ君に合えなかったらどうするの? 最悪なのは私たちが人質になることだよ?」


 部屋の隅で体育座りをしたままのジナが声を上げる。彼女はエマと違って冷静だった。上から響く、恐ろしい絶叫にも動じることがない。


「――私は人質になんかならないわ! もしも人質になるのなら、私が誰なのか正体を明かしてもいい! そうすればあいつらだって手が出せないでしょ!」

「だめだよエマちゃん。その発想は最悪。これはウェストミンスターの戦技ヴァジュラなんだから、イトセ君のやっていることが無駄になっちゃう」

「……貴方、可笑しいわよ。イトセ君が心配じゃないの?」

「私はエマちゃんと違って足手纏いにはならないから」


 それっきりジナは動かない。

 ジナはこの部屋にやってきから、あの調子なのだ。電池が切れたかのように、彼女は微動だにしない。

 その姿はウェストミンスターで見せる、明るく楽し気な姿とは別人。何でもかんでも他人任せ、その姿にエマはイラつきが隠せない。


 エマは確かにイトセ・オルゴットとチームになるために悪事を働いた。だけど、それは全てを彼一人に任せるためじゃなかった。

 自分が彼の力になれると、証明したかったからだ。ウェストミンスターを首席で卒業する、そんな彼の途方もない夢をエマは知っている。

 

「私は待てるよ。たった一日で音を上げるエマちゃんとは違う」

「……私は待てない。上で何が起きているか、知りたいから」


 動かない者と、動く者。

 眠たげな眼差しで、ジナ・ユーセイは邸宅の一階、書庫へ続く階段を上り始めたエマ・サティ・ローマンの後ろ姿を見上げた。


「エマちゃん。本当に止めた方がいいと思うよ。イトセ君、嫌がると思う。嫌われちゃうよ」


 やる気も無いくせに、うだうだうだうだ。

 エマの――心の中でプッツンと何かが切れる音がした。だから彼女は振り返り。


「……知ってる風な口、聞かないで! 貴方よりはあの人のこと知ってるし、それにあの人、私のことに夢中だから! こ、告白されたこともある――あるんだからッ!」


「……」


 幸か不幸か、エマはジナの顔色から血の気が引いていったことには気づかなかった。エマは階段を上ると、地下へと続く入口を隠すためにカモフレージュとして利用した木の板とか大量の本とかを押しのけて、書庫の中へ再び姿を現したのだ。

 

 八番目の邸宅ナンバーエイト、三日目の朝へ差し掛かろうとしていた。




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