4-10 仮面のお嬢様

「取ったッ」


 鋭い剣先――俺の頬を掠める。

 剣を持ったそいつは勝利を確信していたのか、懐に潜り込んだ俺を見て目を大きく見開く。


「うが」


 慌てて防御態勢を取るが遅い。あご穿うがつ。これで38人目。男は口から泡を吹きながら、地面に倒れこんだ。


「……」


 俺の息は乱れていない。

 体調はすこぶる好調だ。一晩寝ていないっていうのに、やる気が漲っている。これも八番目の邸宅ナンバーエイトに来た影響かな。因縁深い場所だけど、プラスの方向に影響が出たか。


「ひゅー、鍛えてるなあ! 今の男はナンバーファイブ。一隊を任せている強者だったんだけどなあ!」

「……」

「顔色一つ変えねえか、クールだなあ! ローマンの貴族野郎! これぐらいお手の物ってか!」


 地面に倒れこんだ傭兵のせいで立ち回りが面倒なことになっていた。

 さすがにここまで派手にやれば、考え無しに突っ込んでくる愚か者はいないか。


「何か喋ってくれないとさあ、気持ちだって分からないぜ色男! ハチゴウ傭兵団をここまで荒らしたんだ! 少しは誇らしい顔したって罰は当たらねえと思うぜ、ウェストミンスターの学生さんよ! それともこれぐらいお前らがやってる戦技ヴァジュラ以下ってかあ!?」


 ハンジョウが提唱した100人抜き。

 あいつが俺を倒した者に大金を与えるとか言い出したもんだからこの有様。しかし、このままなら楽に達成出来そうだ。理由の一つに、ハンジョウが一体一の戦いにくくったってせいもある。


 俺はいつもやっている戦技ヴァジュラのように、挑んでくる相手を仕留めるだけで良かった。それにハンジョウの言葉は絶対なのか、奴らは横やりを入れることもない。


「ナンバーツー。このままじゃ後からやってくるナンバーワンにどやされる!」


 しかし残念なのは、この八番目の邸宅ナンバーエイトに入ってくる傭兵たちの数がどんどん増えていることだ。ハチゴウ傭兵団の本隊ってのは一体何人いるんだよ。


「俺のことをそのだっさい名前で呼ぶなって、俺はただのハンジョウだ」


 それにナンバーワンやらナンバーファイブやら紛らわしいこと、この上なし。


 ハチゴウ傭兵団は団長であるハチゴウの趣味で実力の順にナンバーを与えられているらしい。ナンバー2はあそこにいる副団長のハンジョウ。


 強さの欠片もないナンバーエイトは、引き連れてきた部下の多さからナンバーエイトの座を与えられたと昨夜言っていた。

 確かに数だけは多かったもんな。エマ王女を誘拐しようとした時。


「ウェストミンスターの学生さんよ、お前が十分に強いのは分かった。100人抜きで見逃してやろうと思ったのは本心だが、こうも見事にやらられたらなぁ」

「……」

「俺にも立場がある。早々に諦めれば、お前たち3人とも見逃してやったんだが――」


 ハンジョウ、奴のことは知っている。

 というか、このローマンで活動している厄介な人物は大体頭の中に入れている。腕利きは自分の情報を隠そうするけど、ああいう傭兵は情報を入手しやすい。奴らは戦場を渡り歩く渡り鳥みたいなもんで、自分を高く売るために魔術個性を公開している者もいるぐらいだ。

 

「……さすがに、この有様をハチゴウに見られれば俺の立場も危ういからな」


 ハンジョウが不気味に笑う。

 何か物を拾うかのように、腰を曲げて片手を地面につけた。その時、誰かが風の魔術個性を発動させる。土煙が舞って、ハンジョウの姿が消える。

 たったそれだけだった。しかし、次の瞬間には奴がいない。それが現実。


 でも、消えたわけじゃない。魔術個性ウィッチクラフトだ。奴は地面を蹴飛ばして飛んだのだ。だからほら。顔を見上げれば、そこにいる。

 ――ハンジョウはまるで四足歩行の獣のように、飛び掛かってきたのだ。


「え、ちょ、やべえ! ばれてるじゃねえか!」


 奴の敗因を上げれば切りがない。

 強いて言えば、俺は奴の動きを完全に見切れるぐらいの目を持っている。


「まった……まった、待った!」


 俺に向かって落ちてくるハンジョウと目が合った。奴はひどく冷静に、動転していた。これまでの戦いで俺がどのようなやり方で相手の意識を刈り取っていたか分かっているからだろう。


 少しでも恐怖心を煽るために、わざと苦痛を与えてから気絶させていた。

 さて。これで終わり。この場は何の問題もなく俺の勝ちだ。だけど、まだ何があるか分からないからな。エマ王女とジナ様には最後まで隠れ続けてもらおうか。


「よくないよ――弱い物いじめ」


 耳元で誰かが囁いた。

 心臓がばくんと跳ねた。小柄な誰かが視界の隅に映る。すぐ近くだ。手を伸ばせば届く距離。


「久しぶり。閣下のお気に入り」


 その姿をはっきりと目にする。そいつはハンジョウの首を掴もうとしていた俺の腕を掴んで、何かをやろうとしていた。


 俺の頭の中の深い所が下がれと警告して、従った。


「よくやった新入り――口先だけじゃなく、本当に役に立つじゃねえか!」

「強いから、私。良かったでしょ、私がいて」

「ああ、理解した! 仕込めば、相当な戦闘屋になれるぜ!」

 

 間一髪、俺の攻撃を避けたハンジョウが獣のように両手両足を地面につけて吠えていた。


「しかし、くくっおもしれえ! ここまで目が良い奴は初めてだぜッ! 初撃を完璧に見切られた! 学生と思って、侮っていたのは俺も同じだったか!」

 

 ハンジョウに頭を撫でられている小柄な体、性別は一見すると不明。

 男の子にも女の子にも見える中世的な容姿。今もハンジョウにされるがまま頭を撫でられ、無表情にぼんやりと俺を見つめている。


 だけど、俺はそいつの正体を知っている。長かった髪の毛はばっさりと切り落として、別人だ。


 彼女は俺にだけ分かるように、ゆっくりと口元を動かした。


 挑戦私が――受けてたつナンバーエイト。  


「てめえら、遊びは終わりだ! ハチゴウがやってくるまでに仕留めるぞ! 奴の魔術個性は目だ! 俺の攻撃も見切るぐらいだ、お前らの動きなんか全て見切られていると思え!」


 ハンジョウの声を皮切りに、ハチゴウ傭兵団が雪崩のように襲ってくる。


 だけど俺の目は奴等の合間を縫って移動する中世的な少女に釘付けだ。


「まずは、逃げ場のない邸宅の中に追い込む!」


 ついこの間のことだ。彼女は俺の元にやってきて、依頼として俺が語る異世界の物語を楽しそうに聞いていた。物静かで、表情も滅多に変わらない。


 異国の空想話を知りたい――聞いたこともない異色な依頼で最初は動揺した。だけどいつの間にか、俺も彼女と会うことを楽しみにしていた。


「てめえら! いつも通り、正々堂々を外れたハチゴウ流で行くぞ!」」


 それでも心を切り替える――戦技ヴァジュラから、閣下の手駒ナンバーナインへ。

 俺が3年生になるための進級条件は2つを高い次元で両立すること。 


 あれはもう、仮面ペルソナのお嬢様じゃない。

 序列八位ナンバーエイト、つまり俺が超えるべき壁だ。




―――――――――――――――

エマ王女「……む、虫がいた! ひえ、虫が私の腕に落ちてきた!」

ジナ様「エマちゃん、うるさいよ……。外の物音、聞こえないから静かにして」


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