4-9 仮面のお嬢様

 ウェストミンスター校の卒業生は他校と比較すると卒業時点で目が違う、出来上がっていると言われている。全ては命を掛けたウェストミンスター校の伝統、生徒同士が全力でぶつかる戦技ヴァジュラがあるからだ。


 しかしなあ。閣下が唐突に提唱した郊外活動型の戦技ヴァジュラ、過酷なものになるとは思っていたけど……あれはないだろ。


「――勇敢なウェストミンスター校の生徒、昨日は新入りがお世話になったようだな。しかし八番目の邸宅ナンバーエイトは我らハチゴウ傭兵団の拠点として使わせてもらってる! 勿論、許可は取っていないが――!』


 二日目、部屋の中で質素な朝ごはんを食べてた時にそれは訪れた。


 カーテンを開けて外の様子を確かめると八番目の邸宅ナンバーエイト、庭先に大勢の男がいる。その数は目測でざっと、三百人ぐらいか。その中には俺も名前を知っているプロの傭兵屋が混じっていた。


『――即座に投降し、俺達の拠点から出て行けば手荒な真似はしないと誓おう』


 今、この八番目の邸宅ナンバーエイトに向かって大声を張り上げる男の姿はある意味で有名人。傭兵屋ハンジョウ。あのハチゴウ傭兵団の副団長として知られている。


 ハンジョウの後ろには、昨日俺が八番目の邸宅ナンバーエイトから叩き出した偽物ナンバーエイトの姿が見えた。


 昨夜、伝言を聞いて俺の元にやってきたあいつは、自分たちは本隊から離れて拠点の留守を預かっていたにすぎないと教えてくれた。すぐに本隊がやってくるから八番目の邸宅ナンバーエイトから逃げ出した方がいいと忠告を貰ったが――あれが本隊か。あの野郎、本隊がハチゴウ傭兵団なら言っとけよ……。

 あいつは何でも言うことを聞くからエマ王女の誘拐に加担したことは黙っていてくれと震えていた。


『別に俺たちは八番目の邸宅ナンバーエイトを荒らそうと考えているわけじゃないぜ! ただ少し、間借りているだけだ。あと1週間もすれば出ていく!』


 しかしなあ、この八番目の邸宅ナンバーエイトが奴らの根城だって閣下は――知っていたのか? 知っていたんだろうなあ……。


 ハチゴウ傭兵団は幾つかの国々をまたにかける傭兵団である。傭兵団の中では統率も取れた比較的、まともな奴ら。しかし奴等を2、3人で相手にするとなれば、ウェストミンスター校の生徒でも最上位の実力者が必要だろう。


『俺たちは一仕事終えた後でな、身体を休める場所が必要なんだ! 勝手な事情で申し訳ないが、獣もうろつく森の中で部下たちと一晩過ごすのは御免だ!』


 奴らは俺達に八番目の邸宅ナンバーエイトから速やかに出ていくよう要求している。これじゃあ昨日と真逆だな。




 カーテンを閉めて、チームメイトの二人と方針を確認する。

 これからどうするかって話だけど、エマ王女のほうは確認するまでもなかった。

 もう顔色から白旗を上げている。あれと戦うなんてもっての他、奴らはこの八番目の邸宅ナンバーエイトを素直に出ていけば、何もしないって言ってるんだから従おうって感じだ。


「……ハチゴウ傭兵団の名前は私も知っているわ! あの数、信じられない……」


 ほら、やっぱり。


「これを戦技ヴァジュラと言うなんて馬鹿げてる……あれと戦うなんて駄目よ、この場から引いてローマンの軍を動かしましょう! この地は王族直下の監督地なんだから、私が言えばすぐにお父様が対応してくれる!」


 だけどエマ王女の声は外から聞こえる声にかき消される。


『――出てこないなら、別の選択肢を与えてもいい! うちのボスはウェストミンスターの生徒に特別な興味を持っている! お前たちがやってきた理由はあれだろ、あの逝かれた戦技ヴァジュラだろ! 俺達を相手に100人抜きでもすれば、この場から去ってやってもいいぜ!?』


 ――奴等も気付いている。この八番目の邸宅ナンバーエイトに俺達ウェストミンスターの生徒が突然やってきた意味。



「……ねえ、イトセ君……聞いてる!? あの数は無理だと思うんだけど!」


 確かにハチゴウ傭兵団は何人ものプロの戦闘屋を抱えている。

 あれが一斉に襲ってきたらさすがにこの二人を守りぬくのは厳しい。俺はエマ王女の問いかけには答えずに、ポケットの中から小さく折り畳んだ紙を取り出した。


「はあ、だから昨日も言ったのに~。エマちゃん、何も分かってないよ~」


 ジナ様だ。椅子に座って足を組み、くつろいでいる。ジナ様だって外にいる傭兵団の姿を確認しているのに、落ち着きはらっていた。


「……な、何が言いたいのしらジナちゃん」

「エマちゃんが知らないのも無理はないけどね。イトセ君は一年生の時から戦技ヴァジュラと関係なくね、他の生徒から袋叩きにあったり、待ち伏せされたり、生徒が雇った本職に狙われたり、つまりは慣れてるのってわけ」

「……し、知ってるわ! 男爵家ヴァロンの生徒がウェストミンスターでどういう扱いをされているか! それでもあれは違うでしょ! ウェストミンスター校の学生がやる苛めとアレとは比較にならないでしょ!」

「ん~、私はどっちかと言うとウェストミンスターの方が陰湿だと思うけど――」

「――エマ王女、ジナ様」

 

 二人の会話に割って入り、広げた紙をジナ様へ押し付ける。

 どっちかと言えば、エマ王女よりもジナ様の方が頼りになりそうだから。この状況で落ち着いていられるってのは大したものだ。

 一応、ウェストミンスターの生徒だし、ジナ様もそこそこ修羅場は潜り抜けているのかな?


「昨夜、地図を作りました。エマ王女を連れて俺が印をつけた場所に避難をしてください――食料は全て持って行って構いません」


 八番目の邸宅ナンバーエイトの見取り図に、俺が情報を書き込んだ特製の地図。

 昨夜ずっと見張りをしながら作り上げた。偽物ナンバーエイトの話も聞きながら、奴らが八番目の邸宅ナンバーエイトの構造をどこまで把握している確認済み。


 俺が印を付けている場所は一晩、二人の身を隠すのにうってつけ。だけどエマ王女は納得いかないとばかりに声を荒げる。


「冗談は止めて……! 私も戦うわ……! イトセ君にも見せたでしょ! 私には黒穴ホウル魔術個性ウィッチクラフトがあるんだから!」


 確かにエマ王女が黒穴ホウル魔術個性ウィッチクラフトを持っていたら心強い。ローマン王族の血脈に現れる魔術個性ウィッチクラフトは、触れる物全てを消し去る特殊な力。

 でも残念ながらエマ王女の黒穴ホウルは偽物である。


「私だって……役に立てる…………と思う……」


 自分で言い出したエマ王女も自分の力が頼りにならないことは分かっているんだろう。徐々に声が弱くなったことが何よりの証拠。

 気持ちはありがたいけど、その力は頼れない。


「もしもエマ王女が黒穴ホウルを使いこなせるようになったら、その時は立派に頼らせてもらいます。ただ、今はその時じゃない」


 俺の言葉に、エマ王女はバツが悪そうな顔で頷いた。

 そして二人は俺の地図と食糧を持って部屋の中を静かに出ていく。二人の足音が聞こえなくなってから俺は窓を開けて奴等を見た。さっきよりも数が増えている。


 そして傭兵屋ハンジョウ。

 赤いドレッドヘアが印象的な傭兵団の副団長は俺に向かって声を轟かせた。


『ウェストミンスター校の生徒! 逃げるか100人抜きか。答えはどちらだッ!』


 答える義理も感じない。


 俺は窓枠に足を掛けて、息を吸い込み、身を宙へ投げ出した。

 数秒間の浮遊感。そういえば最後に見えたエマ王女の顔は何かを俺に言いたげだった。……エマ王女だってこれが最善ベストだと分かっている筈だ。


 だってあの人は俺の力、その一端を知っているんだから。


 音もなく草むらの上に着地すると、奴等の中で小さなドヨメキが起こった。


 対して俺は――少しだけイラついている。

 原因は一つ。この程度の相手に、俺が敗北すると思われていたことだ。



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