4-8 仮面のお嬢様

 壁に背中をつけ、片足を立てて座り込む。

 ごろつき連中を追い出したことで、深夜の八番目の邸宅ナンバーエイトは静寂に包まれている。物音一つしない無人の廃墟は本来の在るべき姿を取り戻したんだろう。


「……」


 俺の目の前にはぴっちりと閉じられた扉。中からは微かな寝息が聞こえる。

 扉の向こうにいる二人はやっと眠ってくれたみたいだった。


「……」


 目を閉じて、息を止め、空間に同化する。二泊三日の自給自足――睡眠を取るつもりはない。何が起きても即座に対応出来るよう全身の神経を尖らせる。



 しかし、あの二人……緊張感が無さすぎじゃないか。

 エマ王女がジナ様の恋バナ談義に乗ったこともそうだし、あの二人の持ち物も。

 これは断じて呑気な修学旅行なんかじゃない。あの閣下が企画した課外活動型の戦技ヴァジュラ、プロの戦闘屋が襲ってきても不思議はないのに。


「……」


 心にさざ波が立つのはジナ様の問いかけが原因だろう。

 ――好きな人なんか、いるわけないだろ。

 ウェストミンスター校で首席を取る、それが生きる支え。俺の生きる目的と言ってもいって良かった。なのに今、俺の夢が揺らいでいる。


 この八番目の邸宅ナンバーエイトへ到着して、心臓が高鳴りっぱなりだ。


「……」


 ウェストミンスターで白い死神スノーホワイトと呼ばれている理由。

 それは――俺に挑んでくる同級生が何がしても表情を変えることなく、圧倒してきたからだ。連戦連勝の男爵家ヴァロンを相手にするんだ、時には卑怯な手を使われたこともあった。だけど、俺は全てに顔色を変えずに対処した。

 俺の戦技ヴァジュラを偶然、目にしたジナ様が俺のことを死神みたいだねって言い出して、それがきっかけ。


「……」


 今の俺は感情を持たないロボットのように――無心で在るべきだ。

 閣下より与えらえた戦技ヴァジュラを完璧にこなすこと、考えるべきはそれだけだろう?


 だけど、これだけ雑念に支配されているのも全て閣下あの人のせいだ。

 戦技ヴァジュラ八番目の邸宅ナンバーエイト。集中出来ていない、今の俺は乱れまくりだ。


「……」


 白い前髪をかき上げて、額に手のひらをつける。まるで血が通っていないのかと思うぐらいの冷たさを感じながらも、鼓動が落ち着くことはなかった。


「…………くそ」


 この八番目の邸宅ナンバーエイトで、逃げることも出来なかった俺の手を取ってくれた君。多分、あれが俺の初恋で――。

 

「………………会いたいなあ」


 ――こんな情けない姿、誰にも見せるわけにいかなかった。




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