4-6 仮面のお嬢様

 邸宅の中から出てくる数人の男達。どいつもこいつも俺たちの姿を見ると、げらげらと笑い転げる。名門のウェストミンスター校だと絶対に見られない下品な笑い方だ。奴らは俺達を指さして言った。


「ウェストミンスターっていえばあれだ。戦闘凶の貴族が通う学校だ、ガキと言っても、甘く見ちゃいけねえな」

「ナンバーエイト様はお昼寝中だ、誰も邸宅に通すなと言われている。いつものように捕まえて売り飛ばすぞ、ウェストミンスター産なら高値が付く! 臆するな、こっちは何人いると思ってる!」


 ただのごろつきにしか見えないけども大層な自信だ。

 あの中には戦闘向けの魔術個性ウィッチクラフト持ちもいるんだろう。そりゃあ俺達がただの貴族だったら、とっ捕まえられるんだろうけど。それはウェストミンスターという特殊要因を奴等は理解出来ていなさすぎである。


 管理者のいない八番目の邸宅ナンバーエイトを拠点にしているんだろうが、今日が運の尽きだ。


「……これが戦技ヴァジュラの試験ってこと? だったら私も戦えるわ! こう見えても、優秀な家庭教師に一通りの戦闘訓練は受けさせられたから!」


 復学したばかりの王女様、勇ましい言葉だけど下がっていて欲しい。


「え、イトセ君……?」


 俺はエマ王女の腕を取って、少しだけ強引に後ろへ下がらせた。

 ジナ様を見習ってくれ。彼女はとっくに俺の背中に陣取っている。戦う気はゼロ。そこまでいけば、清々しいですジナ様。


「もしかしてイトセ君。私に何にもさせる気、ないの?」

「……」

「無視が凄いわね……」


 俺の足が止まっている理由は奴らが口にした名前にある。

 ナンバーエイト様ってのは、まさか序列八位ナンバーエイトのことか? その名前をごろつきから聞くことになるなんて想定外。


「やっぱり私もやるわ……! 護身術、習ってるから……! ……え」


 俺はもう一度、エマ王女の腕を取って、下がらせる。


 ウェストミンスター閣下の手駒は俺を除くと全員が平民だ。平民にしてはあり得ない報酬が与えられるから、全員が閣下は高い忠誠心を誓っている。有能な人間は金が掛かって仕方がないとよくあの人は愚痴っていたっけ。


「ジナちゃん……これ、どう思う?」

「んー、イトセ君は集中しているだけだと思うよ? あ、ほら」


 奴らが襲ってくる。先頭にいた一人目の腕を捕まえて、間接を折る。口から響く絶叫。後ろに続く者の表情が強張った。二人目には手刀を軽く首元へ。


 喉を抑えた隙を見逃さない、片足を上げて頭目掛け蹴り飛ばす。吹き飛ばかけた身体――お前はここにいろ。寸でのところで服を掴み、地面に叩きつける。

 崩れ落ちた身体、無防備になった腹を踏み抜いた。


「――なんだ、こいつ……なんだ、こいつッ!」


 魔術個性ウィッチクラフトに頼り切っているだけの素人が俺に触れると思うなよ。


「ボスを呼んで来い! ナンバーエイト様を起こせ、緊急事態だ!」


 一人一人の力は大したことがない。所詮ごろつきが多数集まった所でプロの戦闘屋にも遠く及ばない。

 平均的なウェストミンスターの生徒が二人いれば問題ないだろう。


「目だ! あいつの目は、俺達の動きを読み切ってる――攪乱しろ!」


 ――よく気付いた。だけど、気付かれた所で痛くも痒くもない。

 これでもウェストミンスターでは白い死神と呼ばれている。俺の魔術個性ウィッチクラフトは学校で広く知れ渡っているけれど、それでも俺は勝ち続けた。

 ウェストミンスターの学生以下が頭を使っても、脅威にはなり得ない。



 しかし、やっぱり奴等が口にしたナンバーエイトの言葉が気になるな。

 これでも閣下の手駒には、尊敬の念を抱いていた、こんなごろつきが序列上位ナンバーエイトの手駒なんて悲しすぎる。

 途中で奴らのボスらしいナンバーエイトとかいう奴も現れた。そいつは俺の顔を見ると悲鳴を上げ、誰よりも早く門に向かい森の中へ消えていった。


「……え、ボス!?」


 呆気に取られるごろつき連中は形勢が不利とみるや、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。俺は逃げ遅れた最後の一人を捕まえて、耳元で奴らのボスに向けて伝言を残した。そいつはこくこく頷くと、仲間と同じように門の向こうへ消えていく。


 後に残ったのは何とも言えない表情のエマ王女と、早く邸宅の中に入りたいのかうずうずした様子のジナ様。エマ王女が溜息を吐きながら。


「……イトセ君、最後に何を言ったの?」


「俺たちがいる間は戻ってくるなと。そう伝えました」


 ――違うけどな。

 ナンバーエイトと呼ばれていた男の顔に見覚えがあったから伝言を頼んだまでだ。あの顔は俺の記憶にはっきりと残っている……あいつは、エマ王女を誘拐しようとした奴らの一人。

 伝言内容――お前の顔は忘れない。今夜、一人で俺に会いに来い、それだけだ。



「――わ! いい部屋だね! こっちのベッドはジナがもーらい!」


 ボンボンとジナ様がベッドの上で跳ねている。奴らが根城にしていた部屋は綺麗なものだった。ここで豪勢な貴族気分でも味わっていたのか?

 敷地と森を繋ぐ門を一望出来る窓、部屋の中は3人じゃ広すぎるぐらいだ。


戦技ヴァジュラの授業中もそうだけど、やっぱり白い死神イトセ君の戦い方は映えるよね~!」


 ジナは口笛を吹きながら、いそいそとベッドの上でシーツを変えている。持参した革袋の中から日用品を取り出して、あ、自前の枕までセッティングした。これが戦技の延長ってことも忘れて、随分と楽しそうだ。


「……イトセ君、私だって戦えたわ」


 そう零すのは、何故か機嫌が悪そうな学園ヒエラルキーの頂点。 俺が奴等を一人で追い出したのが気にいらないらしい。


「エマ王女。貴方に怪我をさせるわけにはいきません」

「……イトセ君、過保護って言われない?」

「言われます。だけど、考えを変えるつもりはありません」

 

 でも、俺にだって言い分があるんだ。常識を持っている男爵家ヴァロンなら、何があってもエマ王女には戦わせない。

 例え俺が公爵家デュークとして生きていても同じこと。


「それよりエマ王女、ジナ様。邸宅の探索を行いませんか」

「えー、恋バナしよーよー! 修学旅行って言ったら、恋バナでしょ!」

「ジナ様。これは修学旅行じゃありません」


 俺はジナ様がぽいぽいと床に落とした寝具、あのごろつき達が使っていたのだろうそれを拾って部屋の隅に纏めていく。

 ついでに他の部屋で見つけた箒が部屋の中を履いていく、たった二日でも侮れない。少しでも快適な空間にしたい、そうすれば心も安らぐだろう。


「違うの!? どう考えても修学旅行でしょ! あいつらはもう追い出したんだし、これでジナたちの戦技ヴァジュラは終了でしょ~! ゆっくりしよーよー」

「……」


 これは修学旅行なんかじゃない。

 それに修学旅行だったとしても、俺が恋愛に気を紛らわせることなんてあり得ない。恋愛よりももっと大事な夢が俺にはある。初めて知ったことだが、あの嫌味な公爵家デューク、ウィルでさえ3年生への進級条件が設定されているんだ。

 公爵家なら3年生への進級はフリーパスかと思っていたけど、違うらしい。


 あの2年C組で5人以上の退学者を出さないこと、ウィルに課せられた進級条件は異常に厳しい進級条件に思えた。


 俺の3年生になるための進級条件は閣下の仕事とウェストミンスターでの生活を両立させること。つまり二重生活、これが中々難しい条件だったりするんだ。陛下の手駒へ与えられる依頼は多岐に渡る。仮面のお嬢様を相手にしていた時みたいなお喋りや、金持ちマダムのお相手。時にはエマ王女の時みたいに危険なことも。

 

「ジナ様、まだ俺達は八番目の邸宅ナンバーエイトに到着したばかりです。ほら、エマ王女だってジナ様に何か言ってください。これは修学旅行なんかじゃないって――」

「恋バナ……私も、したい……」

「やった! エマちゃん、乗りがいいねえ~! 二対一だよ!?」

「……」


 信じられなかった。エマ王女は俺が知る限り、真面目な常識人だ。これが修学旅行なんかじゃなくて危険な戦技ヴァジュラであることを誰よりも分かっている筈なのに。


「エマちゃん、こっち来て! このベッド、キングサイズだから! 今夜は一緒に寝ようね!」


 ゆる~い空気を醸し出す公爵家の令嬢、そして可笑しな勘違いを続ける王女様。二人の呑気な姿を見て、大きく息が吐きたくなった。


 ――ハレルド、やっぱりこのチームは外れだよ……。


 こうして、俺の序列八位ナンバーエイトへの試験を掛けた挑戦は静かに始まったのである。



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