4-5 仮面のお嬢様
馬車が遠くに去って行く。
俺たちは視界一杯に広がる緑の中へ置いて行かれたってわけだ。森の中には種類も分からない鳥や虫の声が響き渡って、一人でいると一瞬で孤独感に苛まれるだろう。
だけど俺は一人じゃない。珍しいことに。
「イトセ君、そんなに持たなくていいのに……私も持とうか?」
「大丈夫です。エマ王女には持たせられません」
二日間の自給自足。
最低限の物資として二日分の食料と水が与えられていた。俺が背中に背負う鞄の中身がそれだ。
さて、俺たち3人の前にそびえる門。
錠前が壊れた門の先には膝高まで茂った雑草が生い茂り、向こうに見える巨大な邸宅が目的地。ぎいっと嫌な音を立てて開かれる門を通り抜けて、とりあえず邸宅まで歩くことにした。
「ねえ~! 重い~!」
「それ。ジナ様個人の荷物ですよね」
ジナ様が両手に持っている袋には個人的な替えの服や枕とか、凡そこの場に必要とは思えない生活必需品が詰まっている。ここには俺たちが毎日を過ごしている寮のように快適なベッドやシャワーもない。トイレだってその辺の草むらでするしかないだろう。
その辺にいる貴族なら嫌がるだろうが俺たちは名誉あるウェストミンスター校の生徒。
これぐらい何ともない。何ともない筈なのにジナ様ときたら――。
「半分、貸してください。俺も持ちます」
「えっ、いいの!?」
「今にも転びそうですから、ジナ様が怪我をすると俺が困ります。……やっぱり全部貸して下さい」
思ったよりも重いな。何が入ってるんだろう。
「ありがと~! この恩はすぐに返すからね!」
「イトセ君、それは私が持つわよ」
「大丈夫です。エマ王女には持たせられません」
「……ジナちゃんには持たせた癖に」
何で不服そうな顔をするんだ。男爵家の若者が王女に荷物を持たせるなんて普通はあり得ないだろ。これでもエマ王女が掲げる『俺たちの関係は秘密(関係って何だよ)』に従ってるつもりだ。二人っきりだったら話は別だけど、今はジナ様がいるからさ。
「ほら、エマちゃん! 行こ!」
「わっ! ジナちゃん引っ張らないで! 走ったら転んじゃうわ!」
「転んだら、そのときだよ!」
二人の背中をゆっくりと追いかける。背中や両手に重たい荷物を担いで、これじゃあ俺は二人の荷物持ち。だけど悪い気はしなかった。
エマ王女が復学を決める前の冷たい表情を俺は覚えているし、ジナ様には返し切れない恩がある。
「私、
「え! そうなの? 出るの!?」
俺がジナ様に感じている恩を、あの子は微塵も気にもしていないんだろうなあ。
ジナ・ユーセイという少女が俺を気に入っている――たったそれだけの事実が、イトセ・オルゴットという小さな人間が
「イトセ君、遅いよ!」
「……ごめんなさい、ジナ様」
それに何だかんだジナ様は俺が二人に追いつくのを待っててくれた。
もしかしたら野生の勘か? それともエマ王女が幽霊を怖がったのか。俺としては野生の勘の方を押したかった。だって。
「二人とも、俺の後ろに来てください」
人の手が入らなくなった森の中でひっそり佇む大豪邸。ジナ様の言うとおり、死者が亡霊となって徘徊すると言われているが、この荒れっぷりを見るとさもありなん。
誰かがこの土地を王家から譲り受けたとの話も聞かないし、ずっと放置されていたのだろう。であれば魑魅魍魎が住み着いていても可笑しくない。
きょとんとしている二人、だけど俺の声に従って後ろに下がってくれる。
「え? イトセ君……どういうこと?」
「エマちゃん、鈍いよ。イトセ君の顔見たら分からないの?」
「……分からないんだけど。この人、基本無表情なんだもん」
「はあ、だめだなあエマちゃん。いい? この中に不法侵入者がいるってこと。でもイトセ君、どうして分かったの?」
「俺の
背中に背負う鞄と両手に垂れ下がる皮袋をゆっくりと地面に置く。
俺たちは馬車を降りて森の中からやってきた。道中で俺たちを見ている者はいなかった。視線は全て門を潜ってからだ。それも邸宅に近づくにつれて強くなっている。
俺たちの来訪に気付かれているなら、こそこそしても仕方が無い。
すうっと息を吸い込んで――。
「俺たちはウェストミンスター校の学生だ! 訳あって2日間滞在するが、
「――ウェストミンスターだあ! ここがナンバーエイト様の住まいと知っての狼藉かあ!?」
……え、嘘だろ。
―――――――――――――――
エマ王女「……じらしてるのね」
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