4-2 仮面のお嬢様

「イトセ……男爵家ヴァロンのお前が俺より先にクラスに受け入れられるなんてな……」

「お前だって明日になったら、クラスメイトが尻尾振って近づいてくるだろ。ハレルド、お前以上に戦技ヴァジュラの成績が良い奴はいないからな」

「そ、そうか……?」


 休み時間に声を掛けられた時は俺だって驚いたさ。

 ウェストミンスターで厄介者として扱われる男爵家ヴァロンの俺達が、真っ当なクラスメイトとして扱われる経験は記憶にない。ハレルドと同じクラスになったことは無いけれど、話を聞く限りこいつも俺と同じ扱いを受けているらしい。


「それでイトセ、もうどっかのチームの申し出を受けたんかい」


 呆気に取られているのか、ハレルドは目を見開きながら聞いてくる。


「結局さ。休み時間、ひどい勧誘合戦で収集が付かなくなったんだよ」

「……こっちも同じやな」

「C組は放課後、何人かのリーダー格、あのウィルとかが集まってクラスのチーム編成を決めることになった。うちはこういう時だけ一致団結するクラスなんだよ」

「ウィル……ああ、あの嫌みなザザーリスか……去年、同じクラスやったわ。何度、張り倒してやろうと思ったか」


 確かにウィルは神経質な男で、男爵家ヴァロンである俺達への当たりもきつい。


「C組にはジナ様がおるよな……羨ましい」

「どこがだよ、ジナ様やエマ王女と同じチームになる奴は大変だろ」


 ジナ様は成績に無頓着なタイプだし、エマ王女は戦力としては期待できない。


「何でや。ジナ様と一緒に行動出来るなんて名誉なことやろ。それにエマ王女といったらローマンの王族。あの不気味な魔術個性ウィッチクラフトを受け継いでるやろ」


 あ、そっか。ハレルドはエマ王女が魔術個性ウィッチクラフトを持っていないってこと知らないのか。





 翌朝、ぶらぶらと寮を出て校舎に向かう。

 校舎の中ではまた学長のお遊びが始まったとか、2年生が学長の洗礼を受けるらしいとか、閣下の悪口を言い合っている上級生の姿が沢山見えた。


 閣下のお遊び、そう思われても仕方ないよな。

 あの人がやることはいつだって突然で突拍子もない。閣下の思い付きで今の3年生なんかは去年、相当振り回されてきたらしい。閣下のお遊びに巻き込まれて、退学することになった生徒も大勢いるとか。


 退学にも結びつく学長の思い付き――恐ろしい噂が上級生から聞こえてくるから誰だって本気で挑まざるを得ない。昨日の勧誘合戦は、それの現われだろうさ。


 教室に入ると黒板の前で人だかりが出来ていた。 


「……」


 俺はそれを横目に歩いた。並べられた机の最後尾、誰の視界にも入らない窓際の隅っこに向かう。そこが俺の指定席。人だかりの中には歓声を上げたり、肩を叩き合っているクラスメイトの姿が見えた


 ――俺はその輪には入れない。立ち位置が違うからな。

 この学校じゃ、俺みたいなちっぽけな存在は雲みたいに流されるしかないんだ。


「オルゴット、お前のチームを教えてやる」


 ウィル・ザザーリス。仲間内ではウィルとか呼ばれている。

 整髪料で撫でつけられた黒い髪の毛と神経的な目つき。そういえばウィルがクラスの音頭を取って、チーム編成をすると昨日クラスで決まったんだっけ。

 さて、俺は誰と組むことになるのか……。


「寝ずに考えた。見ろ」


 ウィルが俺の席までやってきて、机の上に紙を叩きつける。強く握った拳を震わせながら、叩きつけたもんだからクラスの誰もが俺達に注目する。

 紙には几帳面な文字で幾つかの〇。〇の中に数人の名前が見えて、ああなるほど。これがチームか。俺の名前が書かれた名前を見つける。他のチームメイトは……。


「……」


 それを見て、俺は目を疑った。机を挟んで目の前に立つウィルを見上げる。


「なんだこれ……4人1組フォーマンセルじゃない」

「クラスの人数を考慮した。どこか一つは、3人組トリオになる。分かっていたことだ」


 確かにクラスの人数を見れば、4人1組フォーマンセルになれないチームが一つは生まれる。それを踏まえても理解出来ないチーム構成だった。


 ジナ様とエマ王女、そして俺。意味が分からない。理解不能だ。どうして男爵家ヴァロンの俺が、クラスのヒエラルキーでも頂点に位置するあの二人と。


「だけどこれは――」

「オルゴット。俺が3年生になるために設定された進級条件の一つを教えてやる」


 ウィルが眼力に力を込めて、俺を睨めつける。


「このクラスから退学者を5人以上出さないことだ」

「……」


 確かに、このチーム分けの意味はそういうことだろう。

 ジナ様はお世辞にも戦技ヴァジュラの成績が良いとは言えない。ウェストミンスターで2年生に進級することさえ、ギリギリだった。公爵家デュークの下駄を履かせてもらいながらジナ様はやる気がない。魔術個性ウィッチクラフトもありふれたもので戦技ヴァジュラ向きじゃない。


 そしてエマ王女は未知数だ。クラスに復学してから、彼女はまだ戦技ヴァジュラを経験していない。つまり、どこまで出来るのか分からないから戦力には数えられない。


「でも……」

「くどいぞ、オルゴット! 俺の判断はいたって合理的だ! お前に与える役目は、死んでも二人を守り抜けということだ!」


 そうなのだ。このチーム構成はそういうことだ。


「……」


 けれど、だ。あの嫌味なウィルがこれを考えた? 俺のことを特に嫌っているこの男が? あのウィルが俺にジナ様とエマ王女を守り抜けと言っているんだ。

 ハレルドが昨夜言っていたように、クラスのヒエラルキー、いや学年ヒエラルキー頂点と同じチーム。それを名誉と受け取る生徒はこのクラスにも大勢いる。


 ……冗談だろ、今日は槍でも降ってくるのかよ。


「オルゴット。俺はお前の退学を望んでいる。そしてあの二人を学長のお遊びで退学処分にはさせるなど、許されないことだ」


 いつの間にか、さっきまで喧しかったクラスが静けさに包まれている。その中には当事者のジナ様やエマ王女はいないけれど、誰もが俺たちのやり取りを見つめていた。


「お前のその無駄な力を使って、二人を守り抜け。これは不釣り合いなウェストミンスターにしがみ付く男爵家ヴァロンへの命令だ。失敗すれば、未来は無いと思え」

「……」


 ……どこが合理的だよ。お前の私情が入りすぎだろ……。



―――――――――――――――

ある意味、イトセを信頼している嫌味な公爵家デューク


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