4-1 仮面のお嬢様

 俺が閣下と慕うダン・ウェストミンスターは良い意味でも悪い意味でも、ローマンの有名人なんだ。


 寒くはない筈だが厚手の茶色の外套を羽織り、キリっとした顔で俺を見つめている。深い青藍色の髪の毛は腰まで届き、まるで青い太陽のように煌めく両目。


『諸君。今日、このダン・ウェストミンスターが諸君らの教室にやってきた理由、それは明日から始まる課外授業を私自らの口で伝えに来たからだ』


 ウェストミンスターの一族は学術系の超名門だ。

 俺が通っているこのウェストミンスターも閣下の祖先が大金を果たして設立した学校である。ウェストミンスターと呼ばれる人々は幼い頃から学問に明け暮れ、世界中の学術都市に留学し、見識をローマンに持ち帰ってきた商人の家系だ。

 大金を惜しみなくローマンにつぎ込んで、爵位を得た。


『2年C組だけではない。諸君ら、2年生全員を巻き込んだ楽しい課外授業となるだろう。さて、忙しいこの私が自ら諸君らの教室を回る理由だが』


 しかし、閣下はウェストミンスター一族の中で異端児で在り続けた。

 留学先も学術都市ではなく、世界で最も危険と言われるカスディア地方を選択。留学を終えて、ローマンに帰ってきたからも訳の分からない分野へ投資を行い、目も当てられない失敗を繰り返してきた。ローマンという国でダン・ウェストミンスターの名前は、先見性の無い愚かな人間を現している。


『私がウェストミンスターの学長になって早5年。戦技ヴァジュラは各国を恐れさせる伝統ではなく、ただのお遊びに成り下がった。誇りを失い、嘗ての栄光はとうの昔に消え去った。このままでは、我が校ウェストミンスターはローマンが誇りとする四大学園の座すらも脱落するだろう。私はそう、考えているのだ』


 でも嫌われているというわけじゃない。

 どっちかと言えば、呆れられているって言う方が適切かもな。


 現在、閣下はウェストミンスター家に生まれたせめてものお情けとばかりに、名誉職であるウェストミンスター校の学長に就任。しかし、閣下が学長になってから幾つもの悪評高い改革を行い、現役生徒から恐ろしいぐらいに嫌われている。

 

『そこで私は、君たちに戦技ヴァジュラの誇りを思い出させる機会を与えようと思うのだ』


 そんなダン・ウェストミンスターが、俺達のクラスに現れて、言ったのだ。

 

『出発は明日。今日中に、信頼する仲間と共に4人1組フォーマンセルを作るように』


 ――また、学長の悪ふざけが始まった。誰もがそう思った。




 ウェストミンスターでは2年生になると学外の課外活動が多くなる。

 入学して1年は学校内部で力を貯めて、2年次以降で力を爆発させるためだ。だから閣下の言葉は当たり前と言えば当たり前。

 だけど、言葉は発する人間によって意味が異なるもの。


 授業が終わって夜。ハレルドの部屋に向かったら、あいつは頭を抱えていた。


「――参った、参ったぞ、イトセ。最悪やぞ! 4人1組フォーマンセル戦技ヴァジュラなんて。あの校長、やってくれるなあ! 4人1組フォーマンセルなんて俺達、男爵家ヴァロンには無理に決まってるのによお!」


 つい先日、400連勝を達成したハレルドが嘆いていた。でかい身体の上にちょこんと乗った頭をベッドのシーツの中に突っ込んで、喚いていた。


「そうだな。俺もそう思う」


 マットが引かれた床に腰を下ろして、身体を脱力させる。


「イトセ、何を涼しい顔して! お前にとっても、死活問題やろ!」

「いや、俺は既に申し出を受けたから。しかも、3組」

「はあ!? 冗談やろ!?」


 授業中の合間に、それは起きた。

 4人1組フォーマンセルの面子はクラスの垣根を越えられない。だから強力な仲間を手に入れるために、教室で勧誘合戦が始まった。


 閣下の言葉を極めて悪い方向で俺たちは受け止めたんだ。誰が何と言おうと、あの人はウェストミンスター校で最も偉い学長であり、権力は絶大だ。つまり、あの閣下が企画した課外授業で落ちこぼれた者は3年生に進級出来ない、と。


 クラスの中では相変わらず俺は浮いた存在。きっと最後に数が足りないチームの数合わせでどこかに所属すると思っていた。だから勧誘合戦を静観していた。

 でも、自分たちのチームに入って欲しいって申し出を受けたことに驚いた。それも1つじゃない。

 

「イトセ、お前! そうか、この前伯爵家コミスの肉壁になったから、使いやすいと思われたんやろ!」

「だろうな」


 学園で今の評価は、金のためなら何でもやる男爵家ヴァロン

 また一つ、俺に新しい噂が広まったらしい。


「お前……なんで嬉しそうやねん……」

「そりゃあ、ママ活のイトセ・オルゴットよりはよっぽどいいだろ」



―――――――――――――――

地味にママ活の噂を嫌がっていたイトセ君。


【読者の皆様へお願い】

作品を読んで『面白い予感』と思われた方は、下にある★三つや作品フォロー頂けると嬉しいです。モチベーションアップに繋がって更新早くなります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る