3-12 同級生のお客様

 纏まらない思考。頭の中をぐしゃぐしゃにしながら、寮を出て毎日通い慣れた並木道を歩いていく。あの子が、まだ夢を諦めてない?


 前を向いているようで、俺の目はどこも見ていない。

 俺はこのウェストミンスターで底辺の男爵家ヴァロン。校舎に到着し、階段へ向かう。俺のクラスは3階にある。廊下の端っこを歩いていると、前から女子生徒の集団が現れた。男子生徒の半分ぐらいは寝ぼけた顔で登校しているのに、さすがに女子生徒は身嗜みも完璧。すれ違い様には香水の良い香り。それに。


「オルゴット君、おはよう!」


 ――通り過ぎざまに、そんな声が聞こえた。

 今、俺の名前を? 慌てて振り返ると、朝から元気一杯な彼女の姿。

 ……挨拶、言いそびれてしまった。だけど、これが変化。彼女の依頼を達成して、変わったことがあるとすれば、俺に声を掛けてくれる知り合いが出来たこと。


「……おはよう、ございます」


 彼女の名前はユリアン。俺を肉壁としたことで今も色々言われているようだけど、彼女の心に後悔の二文字はないようだ。ハレルド相手に全力を尽くして戦ったことで、彼女は何かの壁を越えたらしい。


 扉を開いて、教室に入る。既に登校していたクラスメイトから視線が突き刺さる。だけど、すぐに彼らは会話を開始。男爵家ヴァロンに掛ける言葉なんて、ない。そういうこと。


 鞄を机の上に置いて、席についた。

 頭の中は相変わらず、閣下からの伝言で一杯だ。


 あの子が生きていることは知っていた。けれど夢を諦めていないのだったら、俺と同じウェストミンスターの生徒ということになる。

 俺はどうして気付かなったんだろう。あの子が、夢を諦めるわけがないのに。


「イトセ君! ねえ、おはよ~! あ、ここ髪の毛跳ねてるよ~」

「ジナ様、おはようございます」


 反射的に挨拶を返す。この2年C組の支配者の一人。

 ジナ様は敵に回しちゃいけない。俺の本能がそう言っているんだ。


「あれ、イトセ君……いつもと違わない?」


 ジナ様は俺の顔をまじまじと覗き込んで、隣の席に座る。そこはエマ王女の席だけど、エマ王女が登校してくるのはもっと遅いから、ジナ様的には問題無し。王女様は朝が弱いようだ。


「もしかして……何かいいことあった?」

「え……? いつも通りですけど」

「またまた~。今日のイトセ君、いつもと全然違うよ~?」


 エマ王女の席に座ったジナ様はきょとんと首を傾げて、そんなことを聞いてくる。いいこと? 思い当たることは、一つしかないけれど。

 それでも内心を出さないように表情には気を付けていた筈だ。


「え~? 自分でもわかってるでしょ~、何~? ジナの見間違いだって言うの~? 教えてよ~」

「――うるさいぞ、ジナ! そこはエマ王女の席だ! 見ろ、エマ王女が――」

「あ! ごめん、エマちゃん~いつもはギリギリだからさ~」

「ううん。別にいいの……私が早くきただけだから……あ、おはよう……オルゴット君……」


 教室で、俺とエマ王女は他人同士。そういう設定。


「おはようございます。エマ王女……」



 朝のホームルームが始まるまで、ずっと考えていた。

 俺は今の生活を気に入っている。どこかの空の下で、運命を重ね合ったあの子が生きている。それだけで十分幸運だと思っていた。

 

 ……俺は欲張りだな。あの子が今、何をしているのか知りたいなんて……。


 序列を上げていけば、知り得る情報も増える。

 閣下の手駒として信用を得れば、いつか闇に葬られたあの事件の真相に辿りつけて、彼女の今を知る機会があるかもしれない。

 そんな目的もどこかにあったけれど、まさかこれ程早く彼女の情報が与えられるから。

 

 ――まんまと、閣下の企みに乗せられてるな。

 

 それでも嫌な気分にならないのは俺が閣下を慕っているからだろう。

 早く閣下と話がしたい。だけど、閣下は忙しい人だ。あの人は色んな顔を持っていて、俺みたいな只の学生が会おうとしても捕まることはない。

 閣下からの接触はいつも一方的だ。


 なのに、朝のホームルームの時間。

 担任の代わりに意気揚々と俺が所属しているクラスに閣下がやってきた時は、まだ俺は夢でも見ているんじゃないかと思わず、自分の頬をつねってしまった。




―――――――――――――――

次話『仮面ペルソナのお嬢様』


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