3-8 伯爵家の少女(エマ王女視点)

 強大なローマンという国の中には、ウェストミンスターでの戦技ヴァジュラを撤廃すべきと主張する声もある。しかし生徒の殺し合いという伝統が長年受け継がれている理由は、ウェストミンスターを卒業した貴族が国を導く良質な戦士となるからだ。


退け、イトセええええええええええええええ!!!』


 それでも――イトセ・オルゴットは捕まらない。

 ギリギリの所で、ハレルド・ハールディの猛攻を避け続けている。戦えない三手プッシュ、彼の役割が彼女の詠唱時間を稼ぐことだと誰もがすぐに理解した。


「時間の問題だ。捕まるぞ」 

「いいや、捕まるものか。オルゴットの目は凄まじい」


 ウェストミンスターの生徒たちは集中してハールディとオルゴットの戦いっぷりを見つめていた。現状は圧倒的に白い死神スノーホワイトに分があると、誰も理解する。


「オルゴットが本気になれば、雨音の一滴だって避けるに違いな。そうでなければ視力強化の魔術個性ウィッチクラフトだけであれだけ連勝出来るものか。あいつが本気になれば、あの通りだ。ハールディの無様な姿を見てみろ」


 しかし、エマにとっては全身の毛が総毛立ちそうになった。

 暴風のようなハレルド・ハールディの猛攻を間一髪で避けている。


「ローズ! 危ない! 危ないわよ!」

「いいえ、捕まりません。イトセ様の魔術個性ウィッチクラフトは素晴らしいです。エマ様は誰よりも近くで見ていたでしょう」

「……そうだけど」

「あれが白い死神スノーホワイトです。視力強化の魔術個性ウィッチクラフトも極めれば、あれぐらい強くなれるんです」


 エマは信じられなかった。彼にはもう一つ力がある。エマをグレイジョイの陰謀から救った力。プロの戦闘屋が戦いを引く程の実力が。


 イトセ・オルゴットのもう一つの力。 

 ウェストミンスターでは隠し通しているようだけど、驚異的な視力の他に魔術の系の力もある。だけど、視力増強のみでハレルドと渡り合っているからだ。それがエマには信じられなかった。


「エマ様、そろそろ試合が動きます。彼女の詠唱が完成するようです」

「雲が重なりすぎて黒くなってる……」

「彼女の魔術個性ウィッチクラフトは詠唱を重ねれば重ねる程、強くなります。勿論、相手もそんなこと百も承知ですが、イトセ様の存在が役立ちました。エマ様、目を閉じていた方がいいかもしれません。きます」


 イトセ・オルゴットの後ろで、ずっと詠唱を唱え続けていた少女が右手を空にかざし、振り下ろす。


ライ――落とし、白雷トランス・ラクラ!」


 空で重なり合う黒雲から、雷が走る。イトセ・オルゴットの動きに翻弄されるハレルド・ハールディ目掛けて特大の雷が落ちた。


「ちょ、えええ! ちょっと! ちょっとローズ!」


 エマは目を疑い、思わず立ち上がる。落雷はイトセ・オルゴットを巻き込んでハールディに直撃したからだ。落雷は二人を打ち抜いたのだ。


「あの伯爵家コミス、安全圏から三手プッシュごと焼き殺す気か。見ろ、あのハールディが避けられなかったぞ」


「楽しくなってきたな。かわいい顔してあの伯爵家コミス、血も涙もない」


 エマには分からなかったが、聡明なウェストミンスターの生徒には分かった。


「ハールディの退避行動を、寸前でオルゴットが阻止したな。幾らハールディの身体が強靭とはいえ、あれの直撃は効いただろう」


 しかし、二人の様子は対照的だ。

 二人とも直撃したというのに被害は明らかにハールディの方が大きい。どうやらイトセ・オルゴットが羽織る外套に理由があると生徒たちは当たりをつけた。


『―――イトセッ。てめえ、その女コミスに魂まで売ったんカッ!』


 惨めな役回りを演じるイトセ・オルゴットに向けて、ハレルド・ハールディの絶叫が第二会場に響いた。 



―――――――――――――――

性格の悪い伯爵家コミスの少女。

次話からイトセ視線に戻ります。


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