3-9 同級生のお客様

ライッ――落とし、白雷トランス・ラクラ!』


 俺とハレルドを焼き尽くすために、空から黒い雷が降ってくる。本来は白い筈のそれは、詠唱時間を確保すれば黒へと染まり、威力が桁違いに増していく。


「イトセ……お前が着ているそれ、何や……」


 圧迫感――それは向かい合うハレルドの身体の大きさ以上に感じられた。

 これが394戦連続勝利の貫禄ってやつかな。怖い怖い。


「さすが学者志望。雷逃がしの一枚ライトニング・ロッドって言って、あの子の家の家宝だってさ」


 耳を塞ぎたくなる大歓声の中では、俺たちの声はどこにも届かない。

 俺にだけ届くハレルドの声はやり場のない怒りと、困惑の両方を含んでいた。


「悪魔みたいな作戦をやっているあの女にも良心はあるんやな……」


 俺が来ているこのマント。こいつは雷を地面に逃すためのものだ。俺のお客様であるユリアンが実家からウェストミンスターに持ってきていた秘蔵の一品。


 本当は彼女に大切な人が出来たときにそれを渡しなさいって母親に言われていたらしいのだけど、今日のために俺に貸してくれたわけだ。

 これのお陰で見た目程、傷ついてはいなかった。見た目ほど、だけど。

 

ライ――落とし、白雷トランス・ラクラッ!』


 ハレルドが跳躍、その場から逃げようとする。


「逃がさないって」

「邪魔すんな、イトセっ!」


 黒い雷が俺たちの身体を飲み込んでいく。何度も、何度も目の前が真っ白になって、その度にハレルドの身体機能は目に見えて低下していった。


「金のためにそこまでするんか。見損なったぞ……」


 ハレルドが息を整えながら、俺を睨めつける。


「なあ、ハレルド、俺がこんなことするとは想定していなかっただろ」

「当たり前や……おい、どっちが考えた作戦……」

「俺だよ。全部俺が考えたんだ。それよりハレルド、お前、誇った方がいいぞ」

「あ……?」

『…………ライ――落とし、白雷トランス・ラクラ!』

「っ!!」

「だから、逃がさないって!」


 凄いな、ハレルド。これだけ雷の直撃を受けても、まだ立ってるのか。

 倍化遊戯――身体機能を5倍底上げする化け物個性ウィッチクラフト。だけど、そろそろこいつの動きも鈍くなってきた。

 身体機能も2倍ぐらいに落ちてるんじゃないか?


白い死神スノーホワイトにしては、随分なやり方やん……こんなだっさい姿を見てお前のファンも減るんじゃないか……はは、いい気味や……」

「お前を倒すため、こんな無様なことしか思いつかったんだよ。ほら、くるぞ」

『…………ライ――落とし、白雷トランス・ラクラ!』


 俺の仕事はハレルドに纏わりついて、彼女の詠唱時間を稼ぐこと。

 今も彼女はハレルドを倒すために詠唱を開始している。歌を歌うように、綺麗な声で空に祈る。


 そして俺は焦げ焦げで、口の中から煙を吐き出した友人と向かい合う。


「勝利を積み重ねるハレルド・ハールディを倒すために、あの子は俺を頼った。そして、一緒に考えたんだ。あの子が目的を達成するための妙案を。だけど、何もなかったんだ。あの子が一人でお前と戦っても、絶対に勝てない」

「……」


 ハレルドの強さは圧倒的な魔術個性ウィッチクラフトだけじゃない。どんな難局にも対応する力だって、生徒の中ではずば抜けている。

 でなければ、394戦連続勝利の数字なんて在り得ない。


 ウェストミンスターの優秀な生徒があの手この手でハレルドを倒そうとする全てをあいつは退けているのだから。あ、また煙を口から吐き出している。

 だから、奇を狙う必要があった。


『…………ライ――落とし、白雷トランス・ラクラ!』


 その結果、俺のお客様であるユリアン・トランポート。

 同級生のお客様が観客席から、罵声を浴びている。


「……」

「飛び道具を持たないお前相手だと、俺の力は時間稼ぎには打ってつけでさ。彼女の魔術個性ウィッチクラフトとも最高の相性だったわけ。で、最終的にあの子は全てを捨てることにしたんだ、なあ、お前も聞こえるよなハレルド。あの声」


 戦技ヴァジュラのために、勝利のために、男爵家ヴァロンを雇って、肉壁にさせて、ウェストミンスターの生徒としての誇りはないのかと罵詈雑言を浴びている。

 

「ハレルド、あの子はもう立派な悪役ヒールだ」

「……自分で選んだ選択やろ」

『………………ライ――落とし、白雷トランス・ラクラ!』


 身体がピリピリとしびれている。


 とっくに雷逃がしの一枚ライトニング・ロッドの効果は切れていた。ハレルドも俺の異常に気づいている。

 今、ハレルドは雷の直撃を避けようと思えば、避けられた。

 もう俺の身体に感覚はない。


「イトセ、そんなボロボロになって後遺症が出たらどうすんねん……お前が何しても俺の勝利は揺るがん。分かってるやろ……」

「そうだな。お前が積み重ねた394勝は、俺達の姑息な手段で土がつくほど、やわなものじゃない」

「分かっているなら……あれは泥船やろ……っ」

『………………ライ――落とし、白雷トランス・ラクラ!』


 だけど、こうしてハレルドは俺の言葉に付き合っている。多分、興味があるんだろう。俺がこの先に何をするのか。

 もしかしたら俺の目的も既に気付いているのかも。案外、鋭いからな。一年生の頃、退学を選んでいた男爵家ヴァロンの同級生を最後まで引き留めていたのもこいつだった。


『………………ライ――落とし、白雷トランス・ラクラっ!』


 あ、俺の口からも煙が出た。

 呆れたようにハレルドが俺と距離を取って、腕を組んだ。相変わらずの罵声が、一心不乱にハレルドを倒すための詠唱を続けるユリアンに向けられている。

 ハレルドはがしがしと金色の癖っ毛を触りながら、俺を睨みつけた。

 はは、すげえ威圧感。


「……はよ言わんかい。今にも泣きそうなあの子を、助けてやるんやろ。はあ、何やこの気持ち……伯爵家コミスのぼんぼんが、このウェストミンスターで悪役ヒールとしてやっていけるわけがないやろ……」


 ユリアンがハレルドに勝てるわけがなかった。三手プッシュの俺は直接、ハレルドへ攻撃出来ないわけだし、この通り、こいつの耐久力は群を抜いている。


 それでも彼女はハレルドに勝利したいと俺に告げた。無理なのに。何をどうやっても、ユリアン・トランスポートがハレルド・ハールディに勝てる筈がないのに。

 馬鹿かよ、実力差分かってんのかよ、そう思わなかった日はない。


「勿論イトセ。最終的に俺は全力であの女をぶっ潰す。それだけは変わらんからな。お前に協力する理由は、あの女が男爵家ヴァロン苛めに加担しなかったからや」


 ――これで、いい。狙い通りの展開がやってきて、笑みが浮かびそうになった。


「ほんま、お前のファンに同情するわ。こんな腹黒男も、そうおらんやろ……」


 俺は最初から彼女がハレルドに負けながら目的を達成する、理想的な未来だけを考えていたのだから。




―――――――――――――――

どんどん地が出て、方言が出る金髪癖っ毛のハレルド。


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