3-10 同級生のお客様

 男爵家ヴァロンの俺を肉壁にして遠距離から攻撃し続ける。それはウェストミンスターでは歓迎されない卑劣な戦い方だ。勿論、ハレルドの体力は俺が頑張る分だけ削られるけど、こんなやり方で勝利しても彼女は悪役になる。


 力のウェストミンスター。

 そう知られているだけあって、戦技ヴァジュラに対しては誰もが真摯に向き合っている。


「あとは、思いっきり」

「――うん、オルゴット君がここまで頑張ってくれたから! 後は、休んで!」


 後は、悪役にならないために彼女が一人で一心不乱に戦うことだ。

 彼女の魔術個性ウィッチクラフトは、遠距離も近距離もどちらも対応出来る。今回は俺を肉壁とする分、狙撃中心でハレルドの体力を削った。だけど、彼女はこれまで近距離で戦い続けてそこそこ優秀な成績を収めてきた。

 どっちかと言うと、近距離の方が得意なんだ。今のハレルド相手なら、そこそこ良い勝負が出来るんじゃないだろうか。

 

「つ、疲れたな……」


 戦いの場である中央から飛び降りて、地面の上に倒れ込んた。

 後はハレルドが上手くユリアンを圧倒してくれるだろう。ユリアンの目的はハレルドに勝利して奨学金を得ることだが、あのハレルドをあそこまで追い詰めたのは果敢賞ものだ。勝利せずとも、悪くない奨学金が引き続き得られるだろう。


「――治療を開始するが、イトセ・オルゴット。君は三手プッシュの域を超えているぞ!」


 何人もの大人が、戦技ヴァジュラの舞台から降りた俺の周りに集まってくる。彼ら戦技ヴァジュラで怪我をする学生のために集められた、俺が信用して身を預けれる最高の治療師達だ。その腕は超一流。


 でも、仕方ないだろ。これしか思いつかなったんだから。

 すぐに麻酔を打たれたかのように意識がぼんやり。


 目を閉じて、身体を任せる。まだ歓声はやまない。ユリアンとハレルドの戦いは続いている。それでいい。あのハレルド相手だ。戦技ヴァジュラが長引く程、ユリアンの成績は良くなるだろう。


 不意に、声が聞こえる。温かな熱、誰かが俺の手を握ったようだ。


「――あの店で依頼を受けたの? こんな危険な仕事を? ねえ、そこまでの価値があるの? ……イトセ君が首席になることって、そこまで君の身体を傷つけることに釣り合うの?」」


 聞き覚えのある声。目を開けずとも誰かが分かる。最近、妙に縁があった人。俺が序列一桁ナンバーナインになって、初めてのお客様。


 俺の夢を知っているのは、閣下を除けばエマ王女だけ。


 釣り合うかだって―――? そんなの、当たり前だろ――。


 ぼんやりとした意識の中で、忘れられない過去を思い出す。



 嘗てこの国、ローマンで恐ろしい事件が起こった。


 ローマンという国の建国当初から重鎮であり続けた大貴族の主催したパーティ、参加者全員が殺された。パーティの内容が原因だった。悪事を行うため、結束を高めるための秘密のパーティ。

 国を売ろうとした貴族が消された。俺が生まれた家もそのうちの一つだった。

 俺の両親は、身の丈に合わない大きな夢を抱いてしまったのだ。


『こっち! こっちに隠れよう! 私たちの身体は小さいから、ここに隠れたら見つからない! ほら、私の手を取って!』


 本当に偶然だった。パーティを主催した貴族の娘。彼女と俺は悲鳴響き渡る会場の中で、大人たちが殺されていく中で厨房の中、空っぽな食糧庫に隠れ続けた。

 彼女は俺の手を握り続けてくれる。俺と同い年の女の子。彼女のことは知っていた。主催者の娘で、有名人だったから。


『大丈夫! 怖くないよ……私の手を握って……』


 助けが来ないことも分かっていた。

 俺たちはポケットの中に入っていた小さなお菓子を分け合って、命を紡いだ。前世の記憶を持っている俺でさえ恐怖に震える中、彼女は気丈だった。俺たちは恐怖を紛らわせるために、小さな声で語り合った。幾つの夜を越したのか分からない。


『――私の夢は……おじい様やお父様のように、ウェストミンスターで首席になること。もう……無理だろうけどね…………全部、無くなっちゃったから……』


 そう言い残して、彼女は俺の目の前で気を失った。命の灯火が消えたんだ。


 その後のことは余り思い出したくない。俺達が隠れ続けた食糧庫の扉が開かれて光が溢れた。殺されるかと思ったけど、逆に抱きしめられた。


『生き残りがいたか……君だけは、何に変えても助けるぞ……』

『閣下、すぐに退避を……! 奴等に…………気付かれました!』


 俺を救い出したのは、ダン・ウェストミンスター。

 誰よりも早く閣下が仲間たちと共に虐殺現場にやってきて、俺を見つけたんだ。そして俺と冷たくなった彼女を抱えて会場から逃げ出した。


 俺は生き残ってしまった。暫く抜け殻だった俺は閣下によって、名前を変えられ、小さな貴族の家に預けられた。オルゴット男爵家は暖かい家庭だった。彼らは訳ありだった俺に無償の愛を与えてくれた。


 俺を生かしてくれたあの子の代わりに、ウェストミンスターで首席になる。

 生きる理由は、それだけだった。


『これが運命か――まさか、あの時の子供がウェストミンスターに入学するなんて。あの時、日に焼けて真っ黒だった小さな子供、君もあの頃の面影はどこにもないね。本当は教えるつもりはなかったんだが、努力の証だ。君には教えておこう』

 

 ウェストミンスターへの入学試験に合格パスしたことを告げられた日。 

 俺はウェストミンスターの学長となった閣下から教えらえた。


『あの子は無事だ、イトセ・オルゴット。君と同じように、後遺症もなく、生きているよ。奇跡だった。あの子の持つ特殊な魔術個性ウィッチクラフトが、身を助けたのだ。だが、あの子は国を売ろうとした悪党の娘だ。名前も、経歴も、君と同じように全てを私が変えた。今、あの子が君の目の前にいても君は気付けないだろう』


 身体が動けない程、動揺した。

 続いて身体の震えがやってきて、涙がぽろぽろと零れた。閣下の前で、俺は声を上げて泣いた。恥ずかしいとか、情けないとか、そんな感情は生まれなかった。


 初めての感情だった。言葉に出来なくて、立っていることもやっとだった。


『イトセ・オルゴット。誉れある公爵家デュークとして生まれた君が、男爵家ヴァロンとして生きていく。私には分からないな。君の中に在る誇りは確実にウェストミンスターで汚されるだろう。それでも、ここで首席を目指す理由は? 学長である私が言うのも何だか、相当にきついだろうよ? 前例がない。そもそも、男爵家ヴァロンが卒業したことさえね』


男爵家ヴァロンの俺が首席になれば……聡明なあの子にはそれで十分です……』


 嘗て公爵家デュークに生まれついた俺は、傲慢だった。


 今、ウェストミンスターで男爵ヴァロン家の俺やハレルドを見下すあいつらと何も変わらない。前世の記憶を持って神童やなんやと持ち上がられて、相当に痛い悪ガキだっただろう。


 だけど、あの子に助けられて、オルゴット男爵家に預けられて、俺は――。


 ●


 治療のお陰で身体の痛みが消えていく。エマ王女の問いかけには答えず、身体を起こして立ち上がある。第二会場では未だ戦い続ける二人の姿があった。


 思いのほか、ライの巫女が善戦しているらしくて、ほっとした。


 治療師の姿は消えていた。エマ王女の登場に配慮でもしたのか。

 隣で俺のことを心配そうに見つめるエマ王女。全く、この人はさ。俺との関係を周りに気付かれたくないとか言ってる癖にまた俺の所にやってきて……。


 言動と言葉が一致しない。どうしようもない人だなあ。勉強は出来るみたいだけど温室育ちだからか、自分の行動が周りからどう思われるか理解していない。


「……エマ王女、ごめんなさい。言い忘れていたことがありました」

「な、なに……?」


 でも、心の底から俺のことを心配してくれているようで、そこは素直に嬉しかった。だからってわけじゃないけど。

 

「お弁当、ありがとうございます――とびきり、美味しかった」


 感想。まだ言えてなかったことを今、思い出したんだ。





―――――――――――――――

イトセが首席を目指す理由をちょこっと明かしました。


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