3-6 同級生のお客様

「え~! イトセ君にまた振られちゃった~~! もう、釣れないんだから!」 

「ジナ様。からかうのは止めてください……」


 当然、断った。ジナ様が俺に絡んでくるのはいつものことだし、ジナ様と二人で街に出歩いたらどうなることか。だけど、気心の知れた友達相手へ声を掛けるように男爵家の俺をジナ様は遊びに誘ってくる。

 不思議な魅力の変わり者ジナ様、格式を重圧を背負う公爵家デュークっぽくないというか。


「ウェストミンスターの外に出て服を着替えたら公爵家デューク男爵家ヴァロンも関係ないのに! イトセ君ったらケチだよね~」

「そう思っているのはジナ様だけです……」

「あ、イトセ君、私に口答えするの~?」

「そういうわけじゃないですけど……」

「ふふ、冗談だよ」


 ジナ様は国の柱であるユーセイ公爵家の一人娘だ。

 時に王族を凌ぐ発言力を持つユーセイ公爵。あの方が溺愛する一人娘と二人っきりのデートなんて背筋が凍る。ジナ様の身を守るために何人の護衛が付いてくると思ってるんだ。


 この人は自分の立場を理解していない節がある。

 いや、もしかしたら全部理解した上でこれなのか? だったら恐ろしすぎるって。


「まあいいけど~。あ、ウィル。机、へこんでるじゃん。あんたのお金で治しときなさいよ」

「ジナ……貴様、覚えておけよ」

「なあに? 私とやる気? ザザーリスみたいな成り上がりが、ユーセイに歯向かおうの? 公爵家デュークにも格ってものがあるんだよ?」

「…………ふん」


 クラスのリーダーを気取っているウィルだってジナ様には頭が上がらない。同じ公爵家デュークでも、ユーセイ公爵家とザザーリス公爵家には天と地の差がある。


「……」


 問題はこっちだよ。ふくれっ面で椅子に座ったエマ王女だ。

 

「……」


 不機嫌オーラが伝わってくる。何だよ、どうして怒ってるんだよ。

 俺の勘違い? 違う。エマ王女は分かりやすかった。昨日なんて授業中に数分に一度は隣に座る俺をチラチラと見ていたのに、今は一切見ようともしないだから。


 はあ、お弁当箱箱を返そうと持ってきたのに、タイミングを失ってしまったな。



 

「――イトセ。明日の戦技ヴァジュラに向けて、集中している時に何の用や」

 

 少し酔っ払っているようだ。机の上には、安酒のボトルが転がっている。相変わらず汚いなあ。少しは掃除しろよ。


「ハレルド。お前にとっちゃ退屈な相手ばっかりだろ」

「それでも6連戦やぞ、6連戦! 俺だけ試合数が可笑しいやろ」

「勝ちすぎるお前が悪い」

「へへ、それもそうやな」


 ハレルドは酔っ払うと地が出る。

 こいつの実家、ハールディ領地の訛りは関西弁に近いのだ。俺たちはこうやって週の半分ぐらいは放課後にどちらかの部屋に集まって、愚痴を言い合うのが習慣だった。


 あいつは机の上に置かれた酒瓶に手を伸ばすと、口に運ぶ。

 

「そういえばイトセ、お前! ジナ様にデート誘われたんやろ!」

「いつも通り断った。あの人にはきっと俺が犬か猫みたいなペットに見えてるんだろ、ただの気まぐれだよ」

「あー! 俺もジナ様からの誘いを断れる顔に生まれたかった! ジナ様やぞ!」

「まあ……あのエマ王女にもタメ口なのは凄いよな。俺達みたいな男爵家ヴァロンに話しかけるのと同じ態度でエマ王女に接しているのは驚いたよ」

「そこがジナ様の良い所やねん! このウェストミンスターで俺達男爵家ヴァロンにも対等に接してくれるのはジナ様ぐらいやぞ! あの人は天使やぞ!」


 面倒なのはこいつが身分の違いも弁えず、ジナ様に惚れているってところだ。


「なあハレルド。お前、戦技ヴァジュラの戦績はどうなってる」

「394勝。イトセ、そういえばお前は何勝やった?」

「……272勝1負だよ」

「はあー。あの白い死神スノーホワイトを倒すのは、俺だと思ってたんやけどなあ」


 在学中に同級生とは必ず一回以上、当たるようになっている。

 だけど戦技ヴァジュラの相手は同級生限定というわけでもない。成績の良い生徒の場合は格上の先輩とも試合が組まれることもある。

 そして俺は同じ男爵家ヴァロンのハレルドとはまだ当たったことがなかった。


「明日の6連戦で400勝の大台や。腕が鳴るで」

「ハレルド。明日の戦技ヴァジュラなんだけどな、伝えとくことがある」

「なんや」


 金髪の癖毛とでかい身体。これで学者志望ってんだから笑わせる。

 その強烈な魔術個性ウィッチクラフトを考えれば、誰よりも軍で活躍出来る人間なのにな。こいつの父親、ハールディ男爵はさぞや嘆いているだろう。


 ハールディ家に脈々と受け継がれる力、それは肉体を強化させる魔術個性ウィッチクラフト

 ハレルドの魔術個性ウィッチクラフトは――倍化遊戯。ハールディ男爵家の長い歴史を含めても、ハレルド程突出した才能は数える程らしい。俺もハレルドの戦技ヴァジュラは何度も見たことがあるが、学者にするには勿体ない力だ。


「お前の6戦目。俺は三手プッシュになるつもりだ」

三手プッシュ? そんなの申請してないで」

「違う。相手のだ」

「……」


 ハレルドの動きが止まった。

 戦技ヴァジュラは一対一の戦い、横槍を入れることは許されない。


「冗談やろ……」


 それでも間接的な補助が許可されているのは、補助として人の手が必要な魔術個性ウィッチクラフトが存在するからだ。サポートするために戦技ヴァジュラに参加する無関係の生徒は、三つ目の手を意味し三手プッシュと呼ばれる。


 だけど、補助を必要としない魔術個性ウィッチクラフトの生徒が三手プッシュを申請することはウェストミンスターでは大きな恥とされていた。

 

「……イトセ。それは、お前がこそこそやってる金稼ぎと関係あんのか」

「さすが学者志望。その洞察力、次のテストで生かせよ」

「なるほどなあ。お前とそういう形で当たるとは思ってなかった。6戦目って言ったらあの雷の女子生徒やろ。まさかお前が伯爵家コミスに金で買われるとはなあ……だけど、いいんかイトセ」

「何がだよ」


 重い溜息を吐いたハレルド。そして、口を開く。


男爵家ヴァロンに頼るなんて……


「覚悟の上だってさ」


 全て、ユリアンと話し合った上で出した結論だ。

 彼女は今日、学校に申請し、俺を三手プッシュに指名する。明日の午前中には伯爵家コミス男爵家ヴァロンを頼った事実が学校中に広がるだろう。


「……別に俺に言わんでもよかったんちゃうか」

「俺が三手プッシュで現れたらお前もやり辛いだろ」

「変に律儀な男やな。まあ、了解や」


 どうせ明日になったらばれることだ。

 それに俺が三手プッシュの立場で二人の戦技ヴァジュラに参加して、変に手加減されても溜らない。まあ、こいつはいつだって全力だろうが。


白い死神スノーホワイトの力を借りれば、俺に勝てると思われたことが気に食わん。明日の六戦目コミス、徹底的に叩きのめしたる――」


 そうして、ハレルドは握っていた酒瓶をぐしゃっと握りつぶした。



『3-7 伯爵家コミスの少女』に続く

―――――――――――――――

男爵家ヴァロン伯爵家コミス公爵家デューク

子爵家と侯爵家は考え中。


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