3-5  戦技《ヴァジュラ》

「マイアリー・リンファ、イトセ・オルゴット。両名、前に出ろッ!」


 新品の靴はエマ王女の依頼を達成した報酬で購入した。

 綺麗に磨き上げられた床を歩くと、キュッキュと小気味いい音が鳴る。徹夜したから体調は良くないけれど、全く問題なし。


 依頼をこなすのも大事だけど、同じぐらい戦技も大事だ。


「この一戦がお前たちの人生を決める、それぐらいの覚悟を込めるように!」


 戦技はウェストミンスター校が最も力を入れている授業だ。

 生徒一人一人を熱心に先生がサポートし、対戦相手、対戦場所も生徒によってバラバラ。戦技の時間と他の授業がバッティングした場合、必ず戦技が優先される。


「それでは、戦技ヴァジュラを始めろッ」


 俺と彼女の間に立つ先生が赤い旗を揚げる。

 それが戦技ヴァジュラ、開始の合図である。


「頑張れ、リっちゃん! あのスフィンが奇跡起こしたんだから、リっちゃんもやれるよ!」’


 俺の試合は広大なウェストミンスター校に用意された対戦場所の中で、比較的狭い第八体育館で行われることが多かった。

 戦技の場所は俺と相手の戦い方を軸に決められる。


「うん、私、頑張る!」


 今日の俺の相手は侯爵家の女の子だった。

 魔術個性ウィッチクラフトは液体操作。戦技ヴァジュラが始まると、彼女の身の回りに用意されていた水の入ったバケツを蹴り倒す。

 床に水が広がっていく。


ソル――水よ、粘化ウォルトマッド


 ――最悪だ。新品の靴なのに……。




「あの人の戦技ヴァジュラを見たことあるけど、実際戦ったから別物……無理よあんなの! 白い死神スノーホワイト、怖すぎ……うぇええん。殺されるかと思ったよお……」

「よしよし、泣いたら駄目よリっちゃん」


 勝負は一瞬だった。

 距離を詰めようとする俺に対して、彼女は魔術個性ウィッチクラフトで妨害をしてきた。だけど俺の魔術個性は視力強化。自慢じゃないけど、性能もいい。


 彼女の動きは全部見えていたから、参ったを言わせるのは簡単だった。

 さて、スフィンにわざと負けてからこれで6連勝。調子が戻ってきたな。


「オルゴット、お疲れ様。さすがにあのレベルだと相手にならないな」


 その場を後にすると、担当の先生が声をかけてくる。この学校じゃ戦技ヴァジュラ関連の先生が異様に多い。戦技ヴァジュラのために雇われている人もいる。

 勝ち方や疲労度を専属の武術官に確認されて、すぐに次の試合が組まれるのだ。


「次の戦技ヴァジュラだが、希望日とかあるか?」

「いつでもいいです、何なら今日でも俺はいけます」

「さすがに今日は無理だ。相手の都合がつかない。それよりお前、目の下のクマが隠せていないぞ。気持ちは分かるが、余り身体を傷めつけ過ぎるな」


 徹夜してハレルド対策の基本方針を固めたからなあ。そのせいかな?


 戦技ヴァジュラのために身体を拭いて、お昼からの授業に向かう。まだ授業が始まるまで時間があるから教室の人影はまばらだった。


「イ、ト、セく~ん! ねえねえ、聞いたよ~! 今日も戦技ヴァジュラで勝ったんだってね、しかも2試合もしたなんてすごい!」


 隣の席に座ったのはジナ様。2年C組のリーダーの一人。

 

「じ、ジナ様……おはようございます」


 天真爛漫で雲のように、ふわふわとしてつかみどころがない。気まぐれで、猫みたいな人だ。柔らかい身のこなしで外見もどことなく猫みたい。


「うん、おはよっ、じゃなくてこんにちはでしょ! イトセ君」

「ええ、まあ……すみません」


 ここまで俺にはっきりと絡んでくるのはこの人ぐらいだろう。


「ジナ! そこはエマ王女の席だ。そろそろ戻ってくるから、どけ!」

「うっさいな~、ウィル。今度、イトセ君と戦技ヴァジュラがあるからって気が立ってるの? 次が3回目だもんね~?」


 相手の怒りを逆なでするような声。


「な、な! お前、なんてことを!」

「もう2回も負けてるもんね~。さすがにクラスのリーダー気取ってるのに3回も負けたらやばいよね?」

「勝手な憶測でものをいうな!」


 クラスでリーダーを気取ってる公爵家デュークのウィルが机を蹴飛ばして言った。


「うわ、野蛮! ウェストミンスターって嫌だよね~! ああいう粗野な男しかいないもん!」


 ジナ様もウィルも公爵家デュークで2年C組のツートップ。ここにエマ王女が割って入るのか独自勢力を築くのか、ちょっとした話題になっているらしい。


「その点、イトセ君は違うよね? 戦い方が綺麗だもん」

「いや、そんなことは……」


 やめてくれ、ジナ様。二人の諍いに頼むから俺を巻き込まないでくれ……。そう願うのだが、ジナ様はよく俺を持ち出してウィルをからかうことが多い。


 ちなみに俺の戦いを見て、白い死神スノーホワイトと名付けたのはジナ様だ。


「ねえ、イトセ君。今日の放課後、時間あったら私とデートしようよ」

 

「……」 


 この人は定期的に言葉の爆弾を落とす。誰がジナ様とデートだって? 自分の立場、分かってるのか? ジナ様はこんな感じに誰とも気軽に話すから、人気がある。密かに狙っている男子生徒は多いのだ。


 固まる空気の中で丁寧にお断りしようと思ったら、何かがどさりと落ちる音がした。


「……あ、ごめんなさい! 私もびっくりして……」


 教室の出入り口。教科書を床に落として、固まっているエマ王女がいた。




――――――――――――————————

戦技の読み方をようやく決めました。戦技ヴァジュラ

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