3-3  同級生のお客様

 まさかの同級生の姿に面食らう。追いかけないといけない立場だけど、彼女はあっという間に扉の外へ。

 急な依頼で対応出来るのが俺だけだったと聞いていた。

 だけど、同じ同級生が客なんて閣下の意地悪な意思を感じてしまう。

 

「やっぱり用事なんて無かったわ!」

 

 ユリアンは部屋から出て行ったかと思ったらすぐに引き返してきた。

 大きな音を立てて扉を閉めると、変装のためだろう分厚い眼鏡をとって椅子に座り直した。


 赤髪と紅玉みたいな瞳。

 元気さが売りの活発な同級生が、すぐにいつもの快活な調子を取り戻して俺を見上げる。


「オルゴット君が悪い仕事に手を出しているって噂は聞いたことがあったけど……そういうことだったのね!」


 何やら一人で頷いているユリアン。

 この子は俺に対しても、一定の距離を取って接していた数少ない一人で、悪いイメージもなかった。というより、自分の成績を上げることに精一杯って印象がある。


「このことは広めないでくれると助かる」

「別に誰にも言わないわよ。ここにいる時点で私も共犯だし。ほら、貴方も座ってよ。話しづらいじゃない」

 

 ほら、早くとユリアンは対面の椅子を指さして席に着いた。 

 切り替えが早いな。そういう所は好印象、目の前でぐじぐじ悩まれたら堪らないからな。


「ほら! 座って!」


 でもユリアンがこの店に辿り着くぐらい、悩んでいたなんて。


「ねえ、こうして話すのは初めてかもね。オルゴット……君。さっきは呼び捨て、ごめんなさい」

「気にしないから好きに呼んでくれ」

「じゃあ、好きにさせてもらう。はあー、びっくりした。私の悩みを解決してくれる人を紹介するって言われて待ってたら、オルゴット君が出てきたんだもん」


 ユリアンがどういう経緯でこの店を知ったのか。


 閣下が運営するここは一見、何の変哲も無い喫茶店だ。

 大通りから離れているため、静けさを売りにし、外からは中の様子が分からないよう塀で囲われている。


 店に入ってすぐのオープンスペースを抜けると、長い廊下の先、個室が何室も存在している。そこで俺のような訳ありと、悩みがある誰かが対面するって仕組みだ。


「驚くかもしれないって言われたのはそういうことだったのね……急に同級生が扉を開けて入ってくるんだもん。心臓が飛び出るかと思っちゃった」


 金と引き換えに何でも行うことを売りにしているが、この店で行われている仕事は秘匿されている。


 本当に悩む者だけに、店の情報が届けると以前、閣下は言っていたけど。

 俺のように依頼を解決する者がいれば、悩める誰かと店を繋ぐ者もいるらしい。


「ウェストミンスターの学費って高すぎ! そりゃあオルゴット君も怪しい商売に手を出すか」

 

 まるで学校の友人に話しかけるみたいな口ぶりで、ユリアンは喋る。

 この店にやってくるってだけで、相当な訳ありだ。

 

 俺の姿を見てすぐに部屋から出て行ったこと然り、緊張を取ろうとしているのだろうけど、学園で伯爵家コミス出身として振る舞うユリアンと対等に喋るのは新鮮だった。


「あのダン・ウェストミンスターが学長になってから、高い学費がもっと上がったのよね。あの校長、一体、何に使ってるのかしら……良くない噂ばっかりだし、怪しい商売に手を出しているんじゃ……」


 確かに閣下はそんなこと言ってたな。

 ウェストミンスター校の校長になって最初に行ったのが学費の値上げだって。他にも理由は色々あるけれど、閣下は生徒から親の敵のように嫌われている。


「ねえ、オルゴット君。ここってその……稼げるの?」


 少しだけ恥ずかしげにユリアンが聞く。


「それなりに。でも、お勧めはしません。貴族に生まれた者だったら、到底耐えられないような仕事もある」

「例えば、どんな?」


 もしかして興味あるのか?

 

「人が死んでいる下水を漁ったり。少なくとも、貴族として生活してきた者が耐えられる仕事ばかりじゃない」

「うわ、やば……」


 ユリアンが顔を引きつらせた。


 ウェストミンスターは庶民からすれば手も届かない学費を求められる。

 何故、それだけの学費がいるか。それはウェストミンスター校を卒業したという事実が、貴族社会で大きな影響力を与えるからだ。このローマンでは四大校を卒業したってだけで一目置かれるけど、ウェストミンスター卒業って証は別格だ。


「私には無理ね。でも、オルゴット君はそれが出来たわけか」


 伯爵家出身の生徒でも十分な出世につながるだろう。

 既に一年生の段階で伯爵家の何人かは退学しているし、進級することだって並大抵の努力じゃ追いつかない。

 高い学費は、足きりのようなものだと閣下は言っていた。


「あ、ねえ。ここって偽名が必要なんでしょ? ここを教えてくれた怪しいおじさんに言われたわ」

「身を守るためにも、そういうルールになっています」

「ふうん、ルールね。あ、ねえ。同級生だからタメ口でも気にしないから普通にしてくれない?」

 客の要望とあれば従うまでだ。

「ユリアン。俺は君のことを何て呼べばいい?」

 

 ユリアンは少し考えると。


「そうね。ライの巫女、でいいわ。オルゴット君なら、意味が分かるでしょ」」

魔術個性ウィッチクラフトか」

「私にとってライは特別なものだから。それで依頼内容なんだけど……早速いい?」

「どうぞ」

 それに俺の目には恵まれているように見えるユリアンの悩みについて、興味があった。

 この店にやってくるってことは、彼女にとって、それが相当大きいからだ。


「私たちが通っている 学校 ウェストミンスターについてよ」


 だけど、余計なことは何も聞かない。それがプロだって、そう教えられてきた。

 なるほどな。ならば、同じ学校に通っている俺はまさに適任だろう。底辺の男爵家だから、出来ることは限られているだろうが。

 もしも、人間関係をどうにかしてとかだったら不可能に近い。


「貴方もウェストミンスターの生徒だから詳しい説明はいらいないと思うけど、次の戦技であのハレルドと当たるのよ」

「それはつまり……あいつに勝たせてほしいと」

「うん。どんな手を使っても勝ちたいの——オルゴット君はあの野獣と仲がいいから、適任ね!」


 期待に目を輝かせている雷の顔を見て、俺は思わず、天井を仰いだ。

 

「ね! お願い、オルゴット君! ハレルド・ハールティに負けたら奨学金が打ち切られるけど、勝てばもっと割の良い奨学金が借りられる! 私のことを軽蔑したっていいわ、でもウェストミンスターで頼れる人なんて誰もいないの!」


 君には無理だよ。

 そう断言出来る程に、ハレルドとライの巫女の実力は隔絶している。


「あの校長が進級要件をさらに厳しくするって噂もあるし、2年生に進級するのだってギリギリだった私にはもうあの野獣に勝つしか道が残ってないの!」


 だけど、俺はやらなくてはいけない。依頼を拒否するなんて力は、今の俺には無い。俺がまだ序列九位ナンバーナイン、俺の目指すウェストミンスター首席卒業のためには、できる限り序列を上げる必要がある。


 首席卒業、この話をすると閣下にはいつも笑われるんだ。

 いつまで過去に囚われているんだって。約束をした相手が生きている保証もないのにって。


 それでも、俺は首席卒業を目指す。

 ウェストミンスターで男爵家ヴァロンが首席卒業を果たせば、快挙は世界の果てまで轟くからだ。

 

「一つ、条件がある」 

「じょ、条件!? あの野獣に勝てるなら、何だってするわよ! い、色仕掛けだって、やってやるわッ!」


 身を乗り出して、ライの巫女の力は俺の手を掴んだ。

 ライを身体に宿す伯爵家コミスの女の子、熱すぎる体温に俺まで感化されそうだ。


 でも、そうだ。ウェストミンスターを卒業することには意味がある。伯爵家コモス、このローマンでも最上位に位置する貴族の女の子がこれだけ本気になるぐらいに。


「——ライの巫女。君の全てを教えてくれ」


 序列八位ナンバーエイトへの挑戦が控えている今。

 こんな場所で、躓いているわけにはいかなかった。

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