2-13 ナンバーナイン(エマ王女視点)
エマ・サティ・ローマンが彼の噂を聞いたのは、ただの偶然だった。
エマと姉妹同然に育った召使のローズが教えてくれたのだ。
心の奥にしまい込んでいた悩みを聞いてしてくれるお店の存在。そこでは訪れた人の悩みを、お金と引き換えに解決してくれる人たちがいる。
エマも、彼女の召使であるローズも娯楽に飢えていた。
退屈な毎日を紛らわせるために、エマは僅かなお金をローズに与え、その店へ送り込んだ。最初はただの興味本位だった。
そして、ローズはエマに教えてくれた。
お店でローズの悩みを聞き出した若者は驚くべきことに貴族であり、ローズが望んだ通りに色々な話をしてくれたという。
国を飛び出して、世界を飛び回りたい。そんな夢を持つローズのために、遠い異国の話や夢物語を貴族の若者は披露してくれて、ローズが余りにも彼との会話を楽しそうに教えてくれるものだから、一度、エマも彼に会ってみたかったのだ。
「――待って、イトセ君! 貴方は……どうして分かったの!?」
ローマン国王によって課せられた一週間のウェストミンスター校への登校。
ローマン国の王族が四大学園に通うことは宿命であり、四大学園の中でもエマは
勇気の――シュルーズベリー・スクール。
力の――ウェストミンスター。
知識の――バックスウッド。
そして、リドルズワース・ホール。
「……」
イトセ・オルゴットは口を閉じる。
「そう、教えてくれないのね。それで? 他のお仲間はいないの? まさか貴方一人ってわけじゃないわよね」
「期待に沿えないかもしれませんが、俺一人です」
「相手はグレイジョイ侯爵の手下よ? 死にたいの……?」
「エマ王女は外に出ないでください。今はここが一番、安全ですから」
失意の底にあった彼女は気づいたのだ。
真っ当なやり方では、エマはウェストミンスター校を卒業出来ない。
学園に通うことを止めたエマは、学園に通わずとも卒業する出来ることを証明するために必死に勉強を続けた。
「エマ王女。俺はここ数日、ウェストミンスター校で貴方を見て、思ったことがあります。貴方には人を引き寄せる力があります。それは才能です」
未だ大騒ぎの声が聞こえる馬車の外へ出ようとしていたイトセ・オルゴットは立ち止まる。扉の取っ手に手を掛けたまま、彼は振り返って。
「何が言いたいのよ」
「俺が言うことじゃないと思いますけど、エマ王女はウェストミンスター校に来た方が幸せになれると思います」
「……知ったような口を利かないでくれる? 貴方に、私の何が分かるの? ずっと変装していたなら、あのグレイジョイ侯爵の言葉を聞いたでしょ」
ローマン城の中で、エマが脚光を浴びることはない。
エマ・サティ・ローマンは
「私には
エマは悔やんでいた。
どうして自分のような弱者が力のウェストミンスター校を選んでしまったのか。他の三校であれば、もっと違う生き方があったかもしれないのに。
「エマ王女。俺はウェストミンスター校を、首席で卒業します」
「……何よ、急に」
「
エマも噂で聞いたことがあった。
力のウェストミンスター校で
「不可能よ。
エマがウェストミンスター校に通うようになったここ数日で十分に分かった。
この
男爵家の生徒なんて、あそこの生徒からすれば路傍の石のようなものだ。
「――王女、生きてるかッ!?」
唐突に馬車の扉が開き、涼しい冷気が入ってくる。
グレイジョイ侯爵が雇ったであろう男が馬車の中にいたイトセ・オルゴットを目撃し、絶句した。
「てめ、え! 誰だ!? あの従業員はどこにいった!?」
そこからイトセ・オルゴットの反応は迅速だった。一瞬のことであった。男の胸を目掛けて、すとんと足を伸ばす。彼はただ蹴飛ばしたのだ。
不意打ちを食らった男は、固い地面の上に投げ出されて。
「追手がいるぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
大声で仲間を呼んだ。
男の声に、外で喧しく騒いでいたもグレイジョイ侯爵の部下たちは異変に気付く。あれだけ騒がしかった音が消えて、エマも怖気づいた。
「
だけど、エマ・サティ・ローマンが一週間の恋人役を依頼したイトセ・オルゴットは特に顔色を変えることもなく。床に両手をつけてペタンと座り込んでいるエマに向かって言った。
「俺は何をすればいい?」
「……全部、壊して」
「了解。でも、最初からそう言ってくれよ――嫌だったんだろ、この婚約が」
小さく言い終えると、イトセ・オルゴットは馬車の外へと出ていった。
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2-14 一週間の恋人に続く
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