2-10

 アヤはひとしきり部屋の中を観察し騒いだ後、席に着く。部屋の中心に置かれたテーブルへ次々と運ばれる料理。ディナー形式で少量ずつ。

 普段は食べられない食事を堪能しながら、アヤの目が少しだけ鋭くなる。


「イトセ様。本当にやるんですか? アヤが見たところ、従業員の中には数名貴族も混じっていました。あの物騒な人たち、本物の戦闘屋みたいですし、ここで暴れたら、すぐに捕まっちゃいますよ。」

「勿論。それに捕まるようなへまもしないよ」

「でも、確かイトセ様への依頼は……」

 

 アヤには協力者として先に伝えている。

 この店でエマ王女と婚約者が密会を行い、その結末も。


 今日、彼女はこの国から消える。

 婚約者は魔術個性ウィッチクラフトのないエマ王女との婚約を嫌がっていて、事故に見せかけてエマ王女を消すだけの力も持っている。


「はあ。アヤは何も言いません。私は、補助サポートするだけですから――!」


 もしかしたらエマ王女も薄っすらと気付いていたのかもしれない。

 王女の婚約はスキャンダルな事案なのに今日、彼女は俺にばらしたからな。まさか今日この後、王女の身に待ち構えている試練までは気付いていないだろうが。


「デザートをお持ちしました」

「わー! ありがとうごじます! 私が運びますから! お姉さん」

 

 俺達の部屋、天竜の間に食事を運んでくれる従業員のお姉さん。ピッチリとした制服を着て、天使のような笑みのアヤにすっかり心を許している。

 そりゃあ、こんな店に入れるのは気難しい貴族ばかりだからな。


「私が運ぶから大丈夫ですよ、お嬢様」

「いいの! 私が、運びたいから! お兄ちゃんに運びたいの!」

「っふふ。じゃあ、お願いしちゃおうかしら」


 そしてアヤは従業員の女性からお盆を受け取って、にっこりとほほ笑んだ。少しだけ背伸びをして、少しでも従業員に目線を合わせるように。


「わあ……お姉さん! 綺麗な目してる! ねえ、アヤとどっちが綺麗かなあ?」


 従業員のお姉さんは、アヤの目を見た。見てしまった。

 アヤの魔術個性ウィッチクラフト――洗脳が発動。

 

「それじゃあ、お姉さん。イトセ様のために、服を持ってきて?」

「分かりました……すぐにお持ちいたします」

「あ。その前に。エマ王女の部屋はどこかしら」

「分かりません……はい、すぐに調べてきます」

「お願いね」


 くるりと向きを変えて従業員のお姉さんは、そそくさと部屋から出ていった。

 一仕事終えたアヤは、デザートを乗ったお盆を持ったまま、戻ってくる。


「終わりました!」

「お疲れ様、俺の分のデザートはアヤにあげるよ」

「え! ほんとですかあ!」


 いつ見ても恐ろしい力だ。無防備な状態でアヤの目を見てしまった人は、短い時間だけどアヤの洗脳下に落ちてしまうのだ。


 思わずアヤに向けて拍手をしたい気持ちになる。何度見ても神業だ。そして、どれだけ危険な力か。誰もがアヤの力を知ったら、利用したくなるだろう。

 洗脳――極めて珍しい力を持ったアヤを救ったのが閣下だ。


「……ふう」


 自分の鼓動が早くなっているのを感じる。

 いつもこうだ。仕事前にはいつも緊張してしまう。俺は上手くやれるだろうか。そんな情けない気持ちを、抱えてしまうのはどうしてだろう。


「イトセ様。店長から、言伝を預かっています」


 フォークでデザートの苺を頬張りながら、アヤが言う。


「事後処理は序列七位ナンバーセブンにやらせておくから、好きにしていい――だそうです」

 

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