2-8 一週間の恋人

 エマ王女の登校期間、四日目。

 三日目は何回かエマ王女のお助けコールをハレルドを使ってクリアした。


 もう少し間接的に助けろってエマ王女から言われたので、あいつを使ったんだ。

 事情を知らないハレルドは何で俺がとかぶつぶつ言っていたけれど、俺の言う通りに動いてくれた。ありがとう、ハレルド。


 そして今日。朝一番の授業中、エマ王女は俺の隣にお行儀よく座っている。


(どうして私の隣にいるの? 何か仕組んだ?)


 王女様はむっつりした無表情で、ノートの切れ端に何かを書いて俺に見せる。


 無表情でいることの多いエマ王女だけど、今は少しだけご機嫌斜め。

 俺が彼女のご要望。影からこっそりを堂々と破ったからだろう。だけど、俺にも理由があるんだ。


(いいえ。偶然です)


 俺はエマ王女が差し出した紙きれにサラサラと書いて、エマ王女の前に置く。


 授業の席は担当の先生ごとに決め方が異なる。初回の授業時に席位置を固定する人もいれば、自由にやらせる先生もいる。


 ただ、今日の授業はおみくじで毎回の席が決まるってだけ。

 勿論、仕組んださ。それもエマ王女には内緒だ。後でどうしてあんなことしたの、と言われれば、そうする必要があったからと返そう。


(イトセくん、今日は夕方から学校の外に行くの。やっと気分転換出来るわ)

(よかったですね)


 隣に座っていると、何故お前がエマ王女の隣に座っているんだと憤怒の視線が教室中から飛んでくる。だけど、その気持ちも分かるぐらいエマ王女は美人だ。

 王族という色眼鏡を差し引いてもな。


 綺麗に整った横顔、ふっくらした頬、細い手足。

 目を離した隙に、いなくなってしまいそうな儚げな雰囲気を持っている。


 だけどなあ。

 情報屋から聞いた話を纏めると、エマ王女は中々に不幸な女の子だと言える。


(エマ王女。困ってることはありますか?)

(12回)

(何の数字ですか)

(告白された回数。私に婚約者がいること、学校の人たちは誰も知らないから)


 そう。彼女に無謀な告白を行う男子生徒には悪いが、エマ王女には既に婚約一本手前の男がいるのだ。このまま何事もなく縁談が進めば、後ひと月もすれば国中に婚約のおめでたい話がお披露目されるだろう。


(私に婚約者フィアンセがいるってこと、びっくりしないの?)

(授業中なので)

(あんな店で働いているのに真面目ね)


 だけど、婚約者はエマ王女との婚約を素直に喜んでいない。

 婚約者はこのウェストミンスター校に通う三年生だが、一度もエマ王女の様子を見に来ることもないぐらいだ。


 王女で美人で年齢も若く、誰もが羨む条件を兼ね備えているエマ王女。

 しかし、彼女には大きな欠点があった。エマ王女は、魔術個性ウィッチクラフトを持っていないのである。


(今夜、婚約者からミモザに呼ばれているの)

(お金持ちなんですね。ミモザ、噂だけは何度か聞いたことがあります。店内に入るだけで、お札が飛ぶとか)

(ええ。この学園の男の子達よりも、とっても素晴らしい人よ)


 しかし、エマ王女も全面的に婚約に賛成しているわけではない。 


 一週間の学園生活の間、エマ王女に気になる男子生徒が出来たら、婚約の話は再度、見直されると王家の中で話が通っていたらしい。

 だけど、エマ王女は事あるごとに髪の毛くるくる。

 群がる男子生徒に興味は一切なし。そのまま規定路線で婚約の話が進み、エマ王女との婚約を望まない婚約者は遂に行動に出ることにした。


 ――婚約破断だ。

 不運な事故を演出するために大金を積み、エマ王女は今日、誘拐される。


(イトセくんは男爵家なのに、何故この学園にいるの? 絶対卒業できないわよ)

(秘密です)


 エマ王女は、机の下で俺のふとももを少しつねった。


(けち)


 素知らぬ顔で授業へ集中していると、再びノートの切れ端がやってくる。


(それは、君があの店で頑張ってることと関係あるの?)

(……)


 俺は白紙で返した。

 あの店で働いている理由はウェストミンスターの学費を稼ぐためだけじゃない。俺が閣下を尊敬するに至った出来事だったり、色々あるけれどエマ王女に話しても仕方がない。


(ねえ。イトセくんは、好きな人とかいるの?)


 授業がよほど退屈なのか、エマ王女の切れ端攻撃が続く。


(いません)

(モテそうなのに)

(モテません)


 エマ王女には理想の恋人像がある。

 それは、こんな難局から自分を救い出してくれるヒーローってやつだ。


 俺に依頼した一週間の恋人役。

 本当に依頼したかったのは、違うんだろうな。学園で困っている彼女を助けることじゃなくて、婚約話をぶち壊して欲しい、その一点に尽きるのだろう。


 勿論、本人は絶対に口に出さないだろうが。


(恋人役は、終わりにしようかしら。もう学校生活も慣れちゃったし)

(分かりました。俺は依頼主の意向に従います)


 実際……魔術個性ウィッチクラフトが無いってのは相当な不運だ。

 代々、受け継がれし魔術個性ウィッチクラフト。血の薄い平民ならまだしも、王族で魔術個性ウィッチクラフトが無いってのは不幸すぎる。


(イトセくんのお話。別世界の話みたいで面白かったよ)

(ありがとうございます。仮面のお嬢様は元気ですか?)

(元気よ。イトセ君に会いたがっていたわ)

(最近、とっておきのお話を思いついたと伝えてください)

(伝えておくわ)


 それからエマ王女は、浮かない顔で授業を見つめ続けた。


 授業が終わると彼女は取り巻きに囲まれ、すぐに見えなくなる。


 今夜、エマ王女はミモザで婚約者と食事を楽しみ、その帰り道で誘拐される。国外に売り飛ばされ、二度と帰ってこれない。それがこれから起こる筋書きだ。



「と、いうわけで協力してくれアヤ。俺たちは仲のいい兄妹って設定で頼むよ」


 おめかしをしたアヤと手をつなぎながら、道を歩く。向かう先はミモザ。入場料だけで、平民が数ヶ月で稼ぐ金が必要な超高級店。


「イトセ様! アヤは兄妹って関係は不服です! デートは嬉しいですけど! でもイトセ様が御用のあるミモザって王族御用達の凄いお店ですよね……アヤの服、場違いじゃないですか?」

「変じゃないよ。とても似合っている」

「なら良かったです! じゃあ、行きましょう!」


 ミモザはローマン共和国の大富豪が支配する店。店に一歩入れば治外法権。何が起きても不思議じゃない。

 俺は空気を吸い込んで、隣を歩く少女に目を向ける。


「アヤ。巻き込んで、ごめん」


 あの店で働いている子供たちは、ただの平民じゃない。


 彼女はウェストミンスター閣下が経営する店の従業員だ。こうして店外で会うには特別な金を払う必要がある。これまでの俺には権利が無かったけど、序列が一桁に上がったことで、こういうことも出来るようになった。


「イトセ様のお役に立てるなら、本望です」


 俺のように特別な魔術個性ウィッチクラフトな持つ少年、少女。


 ウェストミンスター閣下が世界中から集めた一芸特化、俺たち序列一桁の補助サポート人材である。

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