2-6

 貴族の若者を好き勝手に侍らせて自分の思い通りに扱いたいって平民のセレブは意外と多い。閣下の手駒として序列が低い頃、俺に与えられる依頼はそんなのばっかりだった。


 恋人の振りをやっている俺の姿を学園の誰かに見られていたんだろう。だから、イトセ・オルゴットが小遣い稼ぎのためにママ活をしているなんて噂が広まった。


「えー! イトセ君が、給仕してるよー!」

「ねえ、白い死神スノーホワイトちゃん、こっち向いてえ!」


 さて、エマ王女の登校二日目。

 今もそうだけど、このウェストミンスター校に入学した頃の俺はド貧乏だった。

 授業料から毎日の生活費まで自分で賄っている。そのためにウェストミンスター校で給仕の真似事なんかもやっていた。割と良い手当がもらえるんだよ。


「お召し物に、汚れが。俺のハンカチをお使いください」


 貴族の給仕なんて、俺ぐらいのものだろう。


「チップあげちゃう! お姉さん、溜まらないわ!」


 男にしては白い肌に、力強さの薄い顔立ち。

 力のウェストミンスター校と呼ばれるだけあってハレルドを筆頭に男子生徒は荒くれ者といった感じの生徒が多い中、俺の外見は飛びぬけているらしい。

 高位貴族の女の子からしてみれば、底辺ヴァロンの俺が甲斐甲斐しく頑張っている姿が保護欲を刺激するのだとか。


「オルゴット! 卑しい男爵家ヴァロンめ! 金のために給仕の真似事か!」


 ギリギリと男子生徒から殺意が向けられるけど、気にしない。あんなのにいちいち構っていたら日が暮れてしまう。

 

「エマ王女。午前の授業中に、分からないことはありませんでしたか? もし宜しければ僕が解説を――」


 その時、エマ王女が大勢の生徒に囲まれてやってきた。


 恋に落とすには自然な接触が大切だ。給仕をやっている間なら、俺がエマ王女に関わることはさほど不自然じゃない。だから、俺はその時を待っていた。


「おい、ワトソン! お前がエマ王女に教えられることなんてあるわけないだろ。エマ王女とお前じゃ、頭の出来が違うんだよ!」


 食事が運ばれてくる待ち時間。


「……そうですね、ちょっと分からない所があったかもしれません」

「エマ王女! お任せください! ノートはばっちり取っていたので! それで、王女が分からなかったのはどこですか?」

「……この辺り、でしょうか」


 エマ王女は控えめに愛想よく、生徒の話に相槌を打っている。

 白銀の髪に、色素の薄い瞳。おしとやかで、民からの人気も高い王女様。彼女と良縁を持つことが出来れば、将来の出世にどれだけ役立つことか。


「エマ王女。体調がすぐれませんか?」

「……あ、いえ。そういうわけではありません……やっぱり慣れないから……」

「ワトソン! お前がグイグイいくからだぞ! 反省しろ!」


 でも、内心はどう思っているんだか。

 依頼を受けた際に、エマ王女はとにかく一人の時間が好きだと言っていたからな。彼女は俺と違ってウェストミンスター校に望んで入学したわけじゃない。

 同年代の学生と繋がりを持つために、強制的に入れられたと言っていた。


「……ぁ」


 その時、エマ王女が給仕として働いている俺を見つけた。


 鉄のアイロンお姫様は俺を見て、何かを言おうとして、口をつぐんだ。


「……」


 彼女はまた髪の毛を触ってくるくる。あれは早く、周りにいる男子生徒を何とかしてって合図サインだ。さて、やってやるか。

 

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