2-3
俺が生まれたこの世界は、少なくとも前世の日本よりは危険だ。
人間が管理していない場所に行くと見慣れないモンスターがいるし、犯罪率だって平和な日本とは比べ物にならない。
そして何よりも俺たちには生まれながらに、
「スフィン! 今日こそ、オルゴットの息の根を止めてやれ!」
スフィン・トラドーラ。
このウェストミンスター学園では平均的な出自の
「――オルゴット! 視力強化、そのつまらない
俺の相手に指名された同級生スフィンが、パチッと人差し指を鳴らす。
「
スフィンの右手、手のひらに炎が燃え上がり。
「
炎の蛇のように、俺目掛けて襲ってくる。
俺が通うウェストミンスター学園。
この国で一番の名門校ってのはその通りで、授業で殺し合いを認めているのは、貴族が通うことを推奨される四大学園の中でもここだけだ。
勇気の――シュルーズベリー・スクール。
力の――ウェストミンスター。
知識の――バックスウッド。
そして、リドルズワース・ホール。
「逃げるなオルゴット! お前には、ウェストミンスターの誇りはないのか!」
バカをいうな。炎の蛇に真っ向から戦うわけがないだろ。
俺の
「スフィン! エマ王女に見られているぞ! ウェストミンスターの誇りを見せつけてやれ!」
途端に歓声が上がった。体育館の中に彼女が現れる。
エマ・サティ・ローナン。周りを、ウェストミンスターの中でも特に地位の高い生徒で固められている。
スフィンの魔術、威力が高まった。
「
エマ王女が、痛ましい物を見るような瞳で俺たちを見ていた。
そりゃあそうか。一部の王族は、ウェストミンスターで行われているこの殺し合いを廃止しようって動きがあって、エマ王女もその一人だった筈だ。
実際、戦技の授業で死者なんて滅多に出ないけど、それでも生徒が殺しあうウェストミンスターの伝統は時代遅れだと国内で避難を浴びている。
「オルゴット、どこを見ているのだ!」
スフィンの魔術が大振りになる。正直、勝てる機会は幾らでもあった。だけど、思考が鈍る。ここで、俺がスフィンに勝てば、こいつの立場はどうなる。
「……それは、駄目だな」
足を止めた。
スフィンの魔術が俺を捉え、炎に飲み込まれそうになる。
「スフィン! 今だ、やれ!」
だけど、生徒の誰もが予想した悲劇は起きなかった。
「
炎が俺を包む直前で、スフィンが魔術を止めたからだ。
一瞬、体育館の中で静寂に包まれて、先生の次の一言に、歓声が起きた。
「勝者、スフィン・トラドーラ! 敗者は勝者の慈悲に生涯、感謝するように」
それは、単純に強いからだ。
力の――ウェストミンスターで俺が排除されなかったのは、この戦技の授業で勝ち続けてきたからだ。憎まれてもいるが、俺の実力は一目置かれている。
「スフィン! やったな! あのオルゴットにお前が勝つなんて信じられねえ!」
傍目には奇跡に見えたかもしれない。
でも、誰よりもスフィンが一番分かっているだろう。間違いなく、あのままやれば俺の必勝パターンに入っていた。
スフィンの魔術が、俺に当たることはないんだから。
敗者は体育館の出口へ、勝者は仲間たちが待つ輪の中へ。
輪の外で俺の戦いを見ていたハレルドは怒っているようだった。あいつなら、俺が手加減をしたことが分かるだろう。
「お、オルゴット風情が俺を……哀れんだのか……」
すれ違いざまに、スフィンに肩を掴まれた。
低く、唸るような声でスフィンは俺をにらみつける
「力を、抜いていただろうが……!」
「そんなわけじゃない」
「……馬鹿が。貴様が二年に進級出来たのは、戦技で負けなかったからだ……。ここで、貴様が俺に敗北すればどうなるか……貴様が一番分かっているだろう」
スフィンは俺の肩の骨を折ろうとしているのか、凄い力だ。
でも、そういうことだ。
スフィンに負けたことで、他の授業を頑張る必要が出てきたわけだ。
「オルゴット……後で、俺の召使に、テストの過去問を半年分届けさせてやる。これで……借りはチャラだ。いいな……?」
血走った目で、随分可愛いことを言ってくるスフィン。
「よし。それで手を打つ」
俺は二つ返事でオーケーした。
よしよし、これでスフィンは俺に頭が上がらないな。こういう風に、俺は戦技を利用することでウェストミンスターで二年生に進級出来たのだ。
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