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 エマ王女が学園に登校する。

 たったそれだけの情報が広まったお陰で、朝から俺が通っているウェストミンスター学園はハチの巣を突いたような大騒ぎ。


「聞いたか! あのエマ王女が午後から学園へやってくる! なんと! 今日から一週間も登校するんだってよ! 絶対にエマ王女の隣に座ってやる!」

「その情報、遅いよ。掲示板に大きく張り出してあったじゃん」


 エマ王女だって俺たちと同じ学生だ。

 でも登校するってだけでこの騒ぎ。さすが王族。俺の頭の中には、ストローでチューチュー飲み物を啜っていたエマ王女の姿が残っているから不思議な感じ。


「――おい、イトセ。お前、あのエマ王女が来るってのに、相変わらずの無表情だなあ! 王女だぞ、王女。興味とかないのか!?」


 午前一発目の授業を終えた所に、他のクラスからあいつがやってくる。

 このウェストミンスター学園で、唯一、俺に話しかけてくる男。ハレルドだ。


「ハレルド。寝ぐせぐらい整えろよ、みっともないぞ」

「はは! 王女が俺らみたいな学園の底辺に興味を持つ可能性、皆無だからな! それよりイトセ。次は俺たち底辺が唯一、活躍出来る時間だ、行こうぜ!」


 背中をばしっと叩かれて、その痛みで頭が覚醒する。


「しゃあ! 見せてやるぜ、男爵家ヴァロンの意地ってやつをよ!」

「そうだな」


 このウェストミンスターは貴族の学生が通う全寮制の学校だ。

 卒業出来るのは入学時の生徒数を十とすれば一ぐらいのもので、国中で最も卒業が難しい。全ての理由は余りにも難しい進級条があるからだ。


 入学して一年。ウェストミンスター学園に入学した男爵家ヴァロン出身の同級生は皆、退学した。俺と、ハレルドを除いて。



「邪魔だ! オルゴット、それにハールディ如きが、私の前に立つな!」


 昨日、俺はエマ王女から依頼を受けた。

 内容は一週間の間、恋人になってほしいとのこと。最初はどうして一週間なんだと思ったけど、この通り。エマ王女の登校期間とリンクしているわけだ。


「なぜ、このウェストミンスターにお前たちのような最下層、男爵家ヴァロンの者がいるのだ! お前らの仲間は、全て退学を選んだというのに!」


 一週間の登校は、エマ王女にとって不本意なこと。

 恋人役の俺がやるべきこと。それはエマ王女の登校期間中、彼女が困るような事態が発生した場合、迅速に動いて助けることだ。


 これが一番大事なことだが、誰にも気づかれずこっそりと。


「退けオルゴット! 貴様らの姿、エマ王女の目に触れることすら汚らわしい!」


 エマ王女は、男爵家の俺と繋がっていることがばれるのは嫌らしい。まあ、当たり前だよなあ。俺はこのウェストミンスターで底辺だから。


 だったら俺を頼るなよって話だけど、このウェストミンスター校で彼女は頼れる人間が一人もいないらしいエマ王女に近づく者は後を絶たないけど。


「このウェストミンスター校が国一番の名門校と言われる理由は、500年の歴史で、伯爵家以上の貴族しか卒業させていないからだ! お前たちの存在が、ウェストミンスター校の名前を汚すと、どうして分からないのだ!」


 これからお昼まで、広大な敷地を活かしたウェストミンスター学園特有の授業が行われる。戦技と呼ばれるその授業は、学生同士の殺し合いだ。


「なあー、とっとと諦めちまえよ。お前らには絶対、卒業は無理だからさ!」


 俺とハレルドは階段を下りる。

 後ろから浴びせられる罵声。慣れてしまったと言えば、それまでだけど。それでも罵声を浴びせられる度に、どうして俺はこんな目に合わないといけないんだって気持ちになる。だけど、ここで反抗しても何も意味はない。

 これはウェストミンスターで当たり前の毎日なんだから。


「……おい、固くなるなよハレルド」


 俺の隣では、いつも気丈なハレルドが握りこぶしを握っていた。エマ王女が午後から登校するからかな。どいつもこいつも気が高ぶっているらしい。


 俺はハレルドの大きな背中を軽く叩いて、言った。


「心が、乱されてるぞ」

「おっと、いけねえな!」 


 すると、ハレルドは顔を上げた。

 いつものように凛々しい顔で、前だけを見つめる。よしよし、それでいい。あの声に反応して、俺たちの心を乱すことがあいつらの狙いなんだから。


「死ぬなよ、ハレルド。俺たちみたいな底辺は、死ねば退学だ」

「うっさい、イトセ。お前に言われんでも、分かっとる!」


 ――さあ、殺し合いの時間だ。

 

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