守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに!
蒼衣 翼
巫女になれなかった娘
神殿の祈りの間。
十四の誕生日を迎えた
明けの明星を象徴とする、この国の守護神フォスフォラスは、黄金の龍の姿をしていると言われている。
神像の姿は、右手に宝珠を持つ、神々しい龍。
身を清め、何色にもまだ染められていない布を使ったローブを纏った
巫女の家に生まれた娘は、十四になると守護神の加護を頂き、その加護を持って、神殿の巫女として勤めるのが慣例だった。
だが、一晩待っても、
「
城の祭事の間にて、王と、先代巫女、そして一族の長である父を前に膝を突いた
覚悟など、出来ているはずがない。
ただ、加護が右手に現れなかった。それだけのことで、
たかだか十四の小娘が、国を追放されて生きていけるはずもない。
それは、つまるところ、死刑と同等の罰であった。
自らの手を汚したくない者達が、取り繕っただけの刑罰だ。
「お、お待ちください」
言うべきことは言わなければと、
視線を上げれば、目前には、加護のない
王も、先代巫女も、そして
いくら加護を授からなくても、巫女になれないだけであるだろうと、
それなのに、信じた者達が突きつけたのは、死と同然の追放だったのである。
血の気が引いて、真っ青になりながらも、
「私は、守護神さまに一度お会いしたことがあります。そのとき、共に生きることをお約束くださったのです」
七歳のある夜。
なぜか夜明け前に目覚めた
そして、告げられたのだ。
『運命の娘よ。我はそなたと共に在りたいと思う。ゆえに、時が満ちたら、返事を聞かせて欲しい』
と。
「なんと図々しい!」
「七つの頃にそのような妄言を言い出したときには、巫女になりたいという思いの余りの夢であろうと、幼き心を皆があたたかく見守っておれば、自分が選ばれし者であると言い張るとは! もし、万が一でもそなたの言葉が本当であれば、儀式の夜にそなたの右手に
「この恩知らずめ!」
「手中の珠のように大事に育ててやった恩を仇で返しおって! 貴様など、我が家に必要ない!」
「
父の言葉の後に、王が処罰を下し、
そして
「全てが無駄、だったんだ。巫女として求められる全ての技能を必死で習得したことも、先代の巫女さまのお言葉を一言一句違えずに覚えたことも、父の自慢の娘になるように頑張ったことも、ただ、加護が与えられなかっただけで、意味を無くしてしまうような、儚いものでしかなかった……」
これまでの自分の全てが否定され、立ち上がる力などない。
だが、
「へっへー。身分の高い罪人が放逐されるって話は本当だったんだ」
「いいねー、上玉じゃん!」
長い間手入れをしていないようなぼさぼさ髪と、のばしっぱなしのヒゲ。
獣から、直に剥ぎ取ったような毛皮の服をまとった男達が、姿を現したのだ。
どうやら、ところどころにある灌木の茂みに身をひそめていたらしい。
殺される。
いや、下手をすると死よりも酷い運命が待っている。
わずかに這いずるだけだった。
賊と思われる男達は、走って追う必要すら感じなかったのか、ゆっくりと歩いて近づいて来る。
「嫌、助けて!」
「フヒヒ」
賊の一人が馬鹿にするような笑い声を上げた。
「イヤッ、タスケテ! だってよ」
「誰か助けてくれるといいねー」
ゲラゲラと笑う。
誰も彼もが
ただ守護神の加護をもらえなかっただけで……。
怒りが、
真っ直ぐに伸ばした指先から、細長く水が噴き出し、その水が凍って、氷のムチとなり、周囲を薙ぎ払った。
「うわっ!」
「こいつ、魔術師か!」
賊の一人が腕を浅く切られ、残りの者は用心深く
「近寄らないで!」
「けっ、魔術師は、集中を乱してやれば楽勝よ!」
賊の一人が石つぶてを
「今だ! 捕まえて縛り上げろ!」
ああ、結局、自分の力などそんなものだったのだ。と、
「その目を見開き、我が勇姿を見よ!」
聞き覚えのない声と共に、突如として強風が吹き抜け、賊共が吹き飛ばされる。
「なんだぁ!」
「くそっ、目が見えねえ!」
風に吹き付けられた賊共が騒ぐなか、風上にあたる
「守護神……さま?」
金色に輝く渦巻く風のような姿。
伝説にのみ語られる、龍がそこにいた。
「我が愛しき者に害をなそうとした輩を、我は許さぬ」
キラリと黄金の光が放たれ、それを浴びた賊共は、たちまち物言わぬ石像となった。
さらに、拭き続ける強風に、砕かれ、すぐにチリとなって消える。
「あ、あ……」
そのあまりの力に、
人とは隔絶した力は、もはや神として崇めるほかにない。
そのことが実感としてわかる。
「
守護神フォスフォラスの発した、約束という言葉は、衝撃的な出来事続きの
自分でもなぜそう言ったのかわからないまま、
「守護神様! なぜ、なぜでござます! どうして私に加護をお与えくださいませんでした? お約束というなら、それこそが、我が一族との約束でありましょう!」
血を吐くような叫びだった。
今、目の前で人をたやすく消してしまった相手に、
今の
信じていた全てから裏切られた絶望こそが、彼女を最も苦しめていたのだ。
「ふむ……加護とは、隷属の
だが、守護神から発せられた言葉は意外なものだった。
「隷属の
「そうだ。以前、荒野で生き足掻いておった人の子が、終生の隷属の代わりに力を貸してくれと言うたので、戯れにそれを許したのだ。それ以降、その者の血に連なる娘が生贄として捧げられ、我に奉仕を行うようになったのだ」
今まで信じていたことの全てが、ガラガラと音を立てて、崩れ去って行くのを感じる。
「しかし、長い隷属の時を経て、ようやくその血の末に、我が妻に相応しい娘が生まれた。それが、そなた、
「……私」
「うむ。妻とは対等なる存在。そのような相手に隷属の
言いながら、守護龍は少し照れているようだった。
龍の表情などわかりはしないが、なぜか
「しかし、それもそなたの同意が必要だ。ゆえに、我はそなたに妻問いをしなければならぬのだ。わ、我も、初めてのことではあるし、心の準備に時間がかかってしまった。許して欲しい」
「うふふ。あははははっ、馬鹿みたい。私も、王様も、巫女様も、お父様も、なんて、馬鹿だったんだろう」
人が、神の心を推し量ろうとした結果、歪な悲劇を招いてしまった。
もはや、笑うしかない。
「おお、楽しそうでなによりだ。それで、
「……お断りします」
「そうであろう。我が寵愛を拒む理由はないからな! ……ん?
「お断りします。私は、身の程を知って、人として生きるつもりです。守護龍さまは、どうか我が祖国の守護をお続けください」
「ど、どうした? 怒っておるのか? なぜだ? 何が悪かった? ど、どうしたらいい?」
自分の拒絶に、オロオロとし始めた守護龍を見て、
しかし、
父の顔色をうかがい、先代巫女様の言葉に従い、王に深く頭を垂れた。
そんな自分のこれまでの生き方こそが、愚かだったと気づいたのである。
「私は、一人で生きて行きます。力及ばず道半ばで倒れようとも、それでも、自分の出来ることを精一杯やっていきたいのです」
「ま、待て。怒っているのなら謝るから! そ、そうか、この姿が悪いのであるな? すぐに、そなだに相応しい形になってみせるぞ」
言うなり、守護龍の姿が消え、そこには、無造作に黄金の長髪を風にたなびかせた、立派な体格の青年がいた。
何をどうしたのか、服装も、少し裕福な旅人風である。
「ほら、これならいいだろう?」
「どうか、お戻りください」
しかし
「なぜ!」
「先程申し上げた通りです」
「しかし、我はそなたを愛しておるのだ」
「身に余ります」
人間の姿となった守護龍フォスフォラスは、規格外の美青年ではあったものの、その表情がコロコロと変わるので、人間味がある。
必死に
「私は長い間、守護龍フォスフォラスの加護を受けて巫女となり、御身にお仕えすることだけを考えて来ました。その未来を失った絶望を、貴方様を見るたびに思い出すのです。どうかお許しください」
「あいわかった!」
人となった守護龍はほがらかに言った。
「我は今このときより、明けの明星フォスフォラスから、宵の明星へスペラスと改名しよう。それならよいだろう?」
「ええっ!」
そして理解した。
見た目はいくら人に似せようとも、この方は、単純で、純粋な神なのだ、と。
『神を理解しようとしてはならぬ。ただただ、心してお仕えするのみなのだ』
己の師でもあった先代巫女の言葉を思い出す。
そして、神を諦めさせるということの困難さに、めまいを感じるのであった。
後日、国の守護神を失った
そして、青い髪のセンリと黄金のへスペラスの二人は、多くの地を巡り、数々の奇跡を起こしながら、長く伝説として歌われる存在となっていくのであった。
守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに! 蒼衣 翼 @himuka
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