手紙(2/3)

 おばあちゃん。昔、近所に山内やまうちさんというお宅があったことを覚えていますか?


 こんなことを言うと、悪口が嫌いなおばあちゃんは怒るでしょうが、私は山内さんのおばさんが嫌いでした。ぱっと見は上品そうでいて、実は意地の悪い人でした。

 もっとも山内さんが苦手なのは、おばあちゃんも同じだったと思います。山内家はいわゆる「物持ち」で、中でもおばさんは家柄をかさに着て、横柄に振舞っていましたから。


 山内さんの息子さんに若い女性が嫁いでくると、おばさんはお嫁さんをひどくいびるようになりましたね。

 とても見ていられないような意地悪で、おまけに旦那さんである息子さんも、それを咎めようとしませんでした。あれにはおばあちゃんも気を揉んで、ほかのご近所のひとに相談したり、時にはできる限りの助け舟を出していたことを覚えています。

 私は内心、「お嫁さんは早く離婚して、こんな家を出て行ってしまえばいいのに」と思っていました。でも何か事情があったのか、お嫁さんは最後まで、あの家を出て行くことはしませんでしたね。


 おばさんのいびりの種は、それこそいくらでも湧いて出るみたいでしたが、特になかなか子供ができないことを、ネチネチと言っていたようでした。当時の私はまだ中学生かそこらでしたが、もしも子供ができたら、さすがのおばさんもお嫁さんを大事にするだろうと思いました。

 でも、それは甘い考えでした。結婚から三年ほどしてお嫁さんが妊娠したときも、おばさんはお嫁さんに嫌味を言ったり、時には理不尽に平手打ちをしたりするのを、やめる気配がありませんでした。


 そんな中でも、お嫁さんのお腹はだんだんと大きくなり始めました。いつも悲しそうな顔をしていたお嫁さんも、そのお腹をなでているときだけは、うっとりするような優しい顔をしていたものでした。

 ですが、いじめられ続けたのが悪かったのでしょうか。

 当時、私は病気のために入院していました。

 ある日病室にやってきたお母さんが、山内さんのおうちの前に救急車がやってきたと教えてくれました。家の前が騒がしくなったかと思うと、お腹の大きなお嫁さんが担架に乗せられていくのが見えた、と。

 やがて私の体調が落ち着いた頃、早産だったと聞きました。お嫁さんは助かったけれど、お腹の赤ちゃんは亡くなってしまったそうで、私はとても残念に思いました。


 赤ちゃんを亡くしてから、山内さんのお嫁さんは様子がおかしくなりました。

 それまで質素ながらも清潔な格好をしていたのに、汚れた服で、脂っぽい髪をぼさぼさにしたまま、表を歩くようになりました。手首には、ためらい傷のような痛々しい痕がいくつもついていました。

 何でもないのに、「痛かったでしょう」とか「ごめんなさい」と言ってしゃがみこみ、道端で泣き出してしまうことすら、何度もありました。

 こうなると、いくら山内さんの家が物持ちでも、いよいよ外聞が悪くなってきたようでした。それでもおばさんはお嫁さんをいびり続け、息子さんはお嫁さんをかばいもしなかったようです。

 そしてとうとう、お嫁さんは亡くなりました。どうやって亡くなったかは、私たち子供には伝えられませんでしたが、おそらく自殺だったのでしょう。

 山内家はそれからというもの、どんどん家運が傾いて、土地や家も人手に渡り、おばさんや息子さんは今、どこでどうしているのかすら、わからなくなってしまいました。

 そういえばおばあちゃんは、山内家が無人になった後も「隣近所の義理があるから」と言って、たびたびお寺に行ってはお墓を掃除していましたね。

 山内家のひとたちが、墓参りにすら帰ってこられなくなったということが、私には何か空恐ろしく感じられたものです。


 おばあちゃん、これは「天罰」というものでしょうか?

 山内さんのおばさんたちは、お嫁さんを散々いじめたから、その因果がめぐって土地や財産を失ってしまったのでしょうか。

 では、「神様」っていったい何なのでしょう? 悪いことをした人間に罰を与えるような何者かが、本当にいるのでしょうか?

 私は最近、そのことをずっと考えています。

 弱い立場のお嫁さんをいじめ、あまつさえ早産の原因を作ったかもしれない山内家のひとたちは、確かに悪いことをしたと思います。

 でも、もしものっぴきならない事情があって……たとえば大切なひとを守らなければならないとか、命がおびやかされているとか、そういう理由で誰かを傷つけた場合は、どうなのでしょう?

 その場合も、天罰とは等しく与えられるものなのでしょうか? それとも、目こぼしをしてもらえるものなのでしょうか?

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