えびす神社のお守り
尾八原ジュージ
手紙(1/3)
おばあちゃん、
体調のよくないおばあちゃんに、こんなに長い手紙を送ってごめんなさい。
でも、おばあちゃんがこの世からいなくなってしまう前に、私にはどうしてもお話ししたいこと、それとお願いしておきたいことがあるのです。おばあちゃんは昔から、内孫の中でも一番年下で、おまけに体の弱い私を気遣ってかわいがってくれましたから、せめてお話だけでも聞いてくれると思っています。
それにおばあちゃんは最近、体も頭も弱ってしまって、一日のほとんどをボンヤリ過ごしていると聞きました。この手紙は、今のあなたにしか送ることができないものかもしれません。
元気でしっかりしていた頃のおばあちゃんなら、こんな手紙は途中で読むのをやめて、捨ててしまうような気がするのです。
まずは、おばあちゃんが毎日のようにお参りしていた「えびす神社」のことから始めましょうか。おばあちゃんもあそこのことなら、頭がボンヤリしている時でも覚えているのではないかと思います。
えびす神社は村の山の手にあって、うっそうと茂る木々のおかげか、夏でも涼しい不思議なところでしたね。
小さな社殿がひとつあるだけの、こじんまりとした神社でした。建物は古く、神社の名前が書かれていたであろう看板も、真っ黒に変色してしまって読めません。ですから私は大人が呼ぶままに、そこを「えびす神社」という名前だと思っていました。大きくなってから七福神の「恵比寿様」のことを知るまでは、ずっと平仮名で認識していたのです。
社殿の裏には、大人のこぶしくらいの石がゴロゴロとたくさん転がっており、その中に苔むした石の塚がひとつありました。子供たちは、理由はわからないけれど、とにかくそこには立ち入らないようにと言われていたものです。とはいえ、子供の頃の私は病気に悩まされていて、あの神社に行ったことはほとんどないのですが。
学校の友達などは、あの石がある辺りを「賽の河原」と呼んで怖がったり、こっそり肝試しをしていたようです。あそこは昼間も薄暗くて何となく気味の悪い、でも静かで神秘的なところでした。
おばあちゃんは、えびす神社の熱心な氏子さんでしたね。
まだ元気な頃のおばあちゃんは、家から歩いて三十分近くかかる神社に、ほとんど毎日通ってお掃除をしていました。毎朝私が起きる頃には、あなたはもう家を出て、神社に向かっていたものです。
おばあちゃんは昔から、神様や仏様、それに幽霊や妖怪なども含めて、超自然的なものを信じるひとでした。
いつだったか、若い頃に見たという、おばあちゃんのお父さんの幽霊の話をしてくれたことを覚えていますか? そのとき私たちは、「もしもおばあちゃんがお化けになったら、実里に会いにきてね」と約束を交わしましたね。
そんなおばあちゃんですが、えびす神社を大事にするあの熱心さは、傍から見ると不思議なほどでした。後からおじいちゃんの話を聞いて、ようやく納得できたくらいです。
なんでも戦時中、出征するおじいちゃんに、おばあちゃんはえびす神社でもらったお守りを持たせたのだそうですね。あの小さな無人の神社にも、当時は神主さんがいらっしゃったのでしょうか。
ともかくそのお守りを持って戦地に赴いたおじいちゃんは、激戦地を点々とし、戦闘や飢餓や病気で多くの戦友を失ったにも関わらず、ほとんど無事な姿で村に戻ってきたのだと聞きました。おばあちゃんはそれを、えびす神社でいただいたお守りのおかげと信じて、熱心に神社のお世話をしていたのですね。
当時のおじいちゃんと同じ道をたどって、無事帰ってきた方の少なさを思えば、おばあちゃんがえびす神社を大切にしていた理由も腑に落ちるというものです。
そのお守りを、おばあちゃんが私のために持ってきてくれたことがありました。
もう二十年近くも前になりますが、私の持病だった腎臓病が悪化して、大きな手術をしなければならなくなりました。
あのとき、おばあちゃんは私のことをとても心配してくれましたね。そして手術の前日、ようやく手に入ったといって、あのえびす神社のお守りを手渡してくれたのです。おじいちゃんが持っていたものではない、新しいものでした。
それはおばあちゃん手縫いの守り袋に、神社でいただいたというお守りを入れたものでした。袋からは、嗅ぎ慣れない香料のような不思議なにおいがしました。
おばあちゃんが、「中に神様がいらっしゃるから、絶対に開けては駄目よ」と言ったとき、私は思わずぎょっとしてしまいました。おばあちゃんが見たことがないほど怖い、真剣な顔をしていたからです。
でも、お守りと一緒に私の手をぎゅっと握ってくれたときの手の暖かさに、私はほっとして思わず泣いてしまいました。
今はもう、えびす神社には神主さんもいらっしゃらないのに、どこから手に入れたのでしょうか。ともかくあなたはあの日、私にお守りをくれたのです。
その後無事に手術が成功し、私は主治医に「奇跡的だ」と言われるほど、めざましい回復を遂げました。大人になった今でも、こうして普通のひととさほど変わらずに暮らしています。おばあちゃんはそれを、お守りのご利益だと言って喜んでいましたね。
私も、「こうして元気に暮らすことができるようになったのは、このお守りのおかげだ」と思いました。そしてそれを、大切に持ち歩くようになりました。
N市に嫁いで実家を出、一児の母となった今も、その習慣はずっと続いています。
おばあちゃん、まだこの手紙を読んでいますか?
これからあまり楽しくないお話になるのですが、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ込んでしまったりしていないでしょうか。
どうか嫌がらないで、最後まで読んでくださいね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます