6章 企画提案の現場から

#32 ウワサをすれば

 ゲーム業界の月曜日は、ミーティングに始まり会議へと終始していく。


 とは言っても、やることは単純明快で、前週の状況を共有し、進むべき経路に問題がないかをすり合わせ、今後の作業を確認しあう――普通の企業となんら変わりは無い。


 ゲーム開発が複雑になり、それに伴って多岐多様な業務が発生している昨今では、開発・非開発にかかわらず、情報共有は大きな役割を担ってくる。これは上流(=役職もちとも言う)・下流のスタッフを問わないものだが、前者ほど扱う業務に幅がでてくるため、長時間の拘束を余儀なくされるのは仕方のないことだろう。


「うへー、お腹と背中がくっつくぞー」


 朝からずっと離席していた土岐が、会議室から戻ってくるなり書類の束をデスクに放り投げると、どっかりと音を立てて椅子に腰かけた。斜め向かいの自席にいたグラフィッカチーフの艸楽さがらが、


(お胸と背中だったら、もうくっついとるのにな)


 と、自席で弁当をつつきながら、意地悪く忍び笑いを浮かべる。土岐が「ん? なに?」と、もの言いたげな視線を向けてくるが、艸楽は首をふるだけで煙にまいておいた。


 直後。

 くぅ、と鳴った腹の虫に、2人は互いに苦笑を浮かべあう。


「遅かったねぇ。なん、揉めとったりしたと?」

「いや、まぁ、なんていうか……つまんないことをネチネチと、ね」

「いつものことやし」

「なんだろ、あの部長ヒトたち。回りくど過ぎてさ。話してるあいだにナニ言おうとしているのか、自分たちも忘れちゃってる節がないかい?」

「よーある、よーある」


 土岐が首を伸ばして、艸楽の弁当を覗きこんだ。


「社食で売ってるやつ?」

「そやよ」

「いま行けば――」

「ムリっしょ。ぜったい売り切れとるって」

「混んでた?」

「あったりまえやん」


 ここ蛯名開発センタは、駅から歩いて40分ほどの田園地帯にある都合、食事をとる手段がどうしても限られてしまう。そうした不便を解消するため、センタ建設当初から社内には食堂が常設されており、数種類の日替わり定食のほかカレーやうどんなどの定番メニュー、それに仕事が忙しいスタッフの要望に応えるために簡単な弁当が販売されていた。


「よっこらせっと」


 艸楽がおもむろにデスクトップを操作して、カレンダをモニタいっぱいに表示する。土岐は現在、3つほどのプロジェクトを兼務しており、毎週月曜の午後からリーダースタッフたちを集めたミーティングをおこなうのが定例となっていた。もちろん艸楽も出席予定者の1人である。


「ねぇ、土岐やん。お昼くらいゆっくり食べぇや。午後からの打ち合わせ、ちょいズラしたってもえぇし」

「なんか議題あったでしょ?」

ウチグラフィックチームは別にないけど。あっ、そいや……御法川はんプログラムチームがスタッフィング気にしてんかった?」

「じゃ、明日にスキップで」


 近くの席で会話が聞こえていたらしい中堅プログラマが「マジで?」と中腰になり困惑の表情を向けてきたが、2人はそれを都合よくスルーする。


「――うぃ。日付変えといた。時間そのままね」


 艸楽が箸をくわえたまま返答した。土岐はペットボトルのお茶をいっきに飲み干すと、周囲をキョロキョロと見渡して、


「クリボーと創平くんは? ご飯かな?」

「あの2人なら朝からおらんかったよ。なん、用でもあったん?」

「いやー、べつに……あ、創平くんにはちょっと話があったんだった」


 艸楽がパーカのフードを下ろし、うっすら意味深に表情を綻ばせる。


「……なんだい。ニヤニヤしてさ」

「言っていいと?」

「やっぱ止めて。どうせろくでもないこと考えてるだろ」


 ムフーと口もとを綻ばせた艸楽が、箸をかちかちと打ち鳴らした。


「土岐やんってさ。遊部はんのこと、相当気にいってんよね」

「そうかい?」

「甘々やし」


 そう言って、土岐のデスクをハシで指す。そこには創平がロケハンで使った経費を申請する書面が置かれていた。


 土岐は書面を手に取り一瞥すると、澄まし顔でヒラヒラと動かしながら


「そりゃ、本社でいろいろ結果をだしてきたスタッフだからね。今後のことも考えて、多少のイレギュラには目をつぶったって……」

「はーん、太っ腹やなぁ。ウチらがロケハンしたい言うたら――」

「ぜったい許可したげない」

「ほらぁ、もー」


 屈託なく艸楽が笑う。そして、


「でもさ、贔屓に見えんよう気は配りや。実際、オモロない思とるスタッフだっているみたいやし。土岐やんまでチームメンバから恨みかったって、つまらんくない?」


 ふむ、と土岐が両腕を組み、思案するような表情を浮かべる。


「じゃあ、艸楽から注意してみる? 創平くんあのこ、言っとくけどトーアでも部長補佐くらいの待遇なんだからね」

「なんソレ、怖っ!」


 大げさに躰をすくめる艸楽を見て、土岐が意地悪くほほ笑む。その時――聞きなれたSEが小さく鳴った。おもむろに土岐がパンツのポケットからスマホを取りだし、画面を一読すると、


「お……っと、ウワサをすれば創平くんからだ。ほっほーぅ……」


 そのまま固まってしまった土岐から視線を外し、艸楽は食事を再開しようとハシを動かした。しばらくして、


「艸楽ぁ……例の件だけど、早ければ明日にでも話ができると思う」

「えぇで。なん、企画キマりそうけ?」

「まだわかんないけど。今日の夕方に創平くんが企画をプレゼンしたいってさ」

「へー、どんなんやろうね。ちょっと気になるわ」


 やたらと衣が大きな唐揚げをほお張りながら、艸楽がモゴモゴと口を動かす。


「うん。ホントにね」


 土岐はスマホから目を離すと、髪に指を走らせながら、


「ホント――私も楽しみだよ」


 ニッコリと今日はじめての笑顔を浮かべて言った。

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