#33 二人きりの会議室

「どうでも良い話だけどさ。新人のころって、無性に会議をカッコいいものだって思っていた時期ってなかったかい?」


 徐々にうす暗くなっていく室内に、土岐のあっけらかんとした声が響いていく。プロジェクタの設定をしていた創平は、ふり返りもせずに、


「普通の新人なら『会議は怖い』ってなりそうですけどね。内容について行けないから」

「あ、そう?」

「会議って言葉そのものに、土岐さんが大人びたイメージでも抱いてたんじゃないですか?」


 土岐は椅子の背もたれに寄りかかると、「ふむ」と顎に手を添えた。


「クリボーはどうなんだろ。こんど聞いてみよっかな」


 そう言うと、土岐はチラリと室内に視線を走らせる。てっきり久利生もいるのだろうと思っていたのだが、どうやら別の場所で作業をしているらしい。



 ここは『蛯名開発センタ』2階の奥にある大会議室――四半期に一度おこなわれる全体集会のほか、新作筐体のマスコミ対応くらいしか使用されることのない場所だ。


 採光のため東側の壁面がすべて強化ガラス張りになっている。なぜかブラインドが上げられており、外の景色が嫌でも目に飛び込んできた。


 時刻はすでに夕暮れ時。うすら寂しい印象すら与える、この広々とした空間に、土岐と創平は2人きりでいた。



(創平くんは、なんでこんな辺鄙な場所を指定したんだろうね……?)



 土岐は椅子に座ったまま、片肘をついて足をブラブラさせる。定時を過ぎたこの時間帯であれば、わざわざ開発ブースから離れたこんなところまで来なくても、会議室はどこだって空いていたであろうに――


「あの子って、想像より少し斜め下をえぐるような言動をすることがありますよね」


 唐突な問いかけに、土岐が片眉を挙げる。そして表情をやわらげると、


「くふふ、よく分かってるじゃない」

「ここ数日、ほとんどずっと一緒にいましたから」


 創平が背を向けたまま答える。声のトーンから苦笑でも浮かべているのかもしれない。


「面白い子でしょ?」

「少なくとも退屈はしなかったですね」

「へぇ、創平くんにしては大絶賛じゃない」

「またそうやって――いや、そんなことはどうでも良くって」


 創平はプロジェクタとノートPCを繋げ終わると、


「すいません、お待たせしました」


 そう言って、手を叩<<はた>>きながら振り向いた。


「ま、そのヘンは今度じっくり話すとして……ユーフォー・アタックの件だけど。ぶっちゃけ、どう? 上手くまとまりそうかい?」

「ええ、まぁ」


 創平が軽く頷いて席をたつ。部屋の光量を調整するためか、電源パネルのある入り口へと向かっていった。


「そっかそっか。2人とも、休日出勤した成果はあったってわけだね」


 土岐の言葉に、創平はピタリと止まってふり返る。土岐は悪戯っ子のように口もとを手で隠すと、


「くっふっふ。そういうことって、管理者には分かるようにデキてるんだよ、会社は。開発ブースの扉を開けるときって、社員証のカードキーを使うでしょ。あれで、誰がいつドアを開閉したか記録ログが残るようになってるのさ」


 しまったと言わんばかりに、創平が片目をつむる。


「ちょっと準備をつめようって、金曜日の退勤間際に思いついて。久利生さんも手伝うって言ってくれたので、考え無しに作業してしまいました」


 許可をもらおうと電話したけど繋がらなくて、と言い訳しながら創平が頭を掻く。(――あ、艸楽と飲みに行ってたときかなぁ)と土岐が遠い目をしながら、なんとはなしに頷いた。


こっちトーアだと、なにかペナルティってあります? 僕のワガママでやったことなので、彼女には――」

「まぁ、今回は大目に見てあげるから。お咎め無し」


 顔の前でひらひら手を振りながら、土岐がニコリと笑う。


「だけどね。なにかあったとき……例えば労災関係とかさ。もし事故っても今回みたいなケースだと適用されないこともあるし。私だってフォローもできないから、メールでも一報くれてたらよかったかな」


 創平は視線を下げ、


「仰るとおりですね。配慮が足らなくてお手数かけてしまったみたいで……」

「だからいいって。そんなにかしこまらなくってもさ。それが私の仕事だから。だけど、本社とちがってうちトーアではその辺の管理がウルさいから、気をつけるんだよ?」


 そう言って、土岐が肩をトントンと叩く。


「36協定違反にならないかぎりは許可するので、今後は必ずタイムカードを切るように」

「了解です」

「あ、それと……土、日分も勤怠つけといてくれる? 手当てつけるから。クリボーにも伝えといて」


 無言で頷く創平に、土岐がニパッと笑いかけた。


「じゃあ、そろそろ本題にはいろっか。企画の話、じつは昼からとっても楽しみにしてたんだよね」

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